断捨離できないときは

 

その対象が

 

 

 

現在のわたしを表しているか

 

それとも過去のわたしを表しているか

 

 

 

 

それを判断基準にするといいらしい。

 

 

 

 

それによって思考が過去に向いてしまうのなら

手放した方がいい。

 

 

 

 

 

あの日

 

 

 

同じくらい悩んでる

 

といってくれたこと

 

 

 

最高の誕生日と

 

 

 

勇気を出してくれてありがとう

 

 

 

と言ってくれたこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別れ際に抱きしめてくれたこと

 

みんなに内緒で手をつないだこと。

 

 

 

 

 

 

 

ぜんぶぜんぶ嘘じゃなくても

もう手に入らないのなら

 

なかったことと同じことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の思考はもうずっと

 

ずっと前から過去に向かってる。

 

 

 

 

 

 

 

あきらめて、ごまかして

 

たまに泣いたりして

 

 

 

 

彼にとっての 

 

たいせつ と 必要 は

 

 

 

わたしのそれとは違うのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうしても見ることができなかった現実。

 

 

認めることができなかった愚かな自分。

 

 

 

でも

 

 

いまここで決断しなければ

もう一歩もここから動けない気がした。

 

 

 

運命のように起こった悲しい出来事は

信じられないタイミングで

 

 

 

まるでなにかに導かれたみたいに

私の背中を押した。

 

 

 

 

 

 

一方的な別れを

いまは受け入れてくれないだろうけど

 

 

 

あなたにとって

わたしが本当に必要な人間なのか

答えが出るはず。

 

 

 

 

進むか

終わらせるか

 

 

 

 

ちゃんと考える。

 

 

 

 

 

 

これ以上絶望はしたくはないから

期待はしない。

 

 

 

 

 

 

このまま終わっていくのかもしれない。

 

 

 

でもどこに戻っても

違う未来はなかった気がする。

 

 

 

 

 

わたしが恋をしたあの日から

 

どこに転んでも

結果は同じだったと。

 

 

 

 

 

 

 

思い出はいつだって美しくて

胸がいたい。

 

 

 

 

 

だけど時間が経てば

美しいだけになってくから

 

それは知ってるから

 

 

 

そして

 

こんな毎日を過ごしてた自分が

かわいく思えた時に

 

 

 

 

 

きっとまた会える。

 

 

 

 

 

 

このままの私を面白がってくれた人。

 

頼ってくれて、甘えてくれて

わたしがなにもしなくても重宝してくれた人。

 

 

 

 

すべての女性のなかで一番輝いてた

 

また他の誰かがそう言ってくれるように

わたしはわたしをがんばろう。

 

 

 

 

 

好きになってよかった。

 

 

 

思えばわたしの思考の根本は

 

ぜんぶ父親から譲り受けたもののように思う。

 

 

 

 

振袖を見せたくて

会いに行って

 

追い返されたあの日から20年以上。

 

 

 

色々なことが脚色されて

 

どれが事実なのか

 

あのときわたしは本当は何を思っていたのか

もう思い出せない。

 

 

 

 

 

色々なことをあきらめてきたと思う。

家族のために犠牲になったと思う。

 

 

 

 

 

でもほんとは

あの人が出ていかなくたって

 

同じ人生だったんじゃないのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

破滅的な生き方に憧れていた人だったと思う。

 

ゴッホの生涯を語るのが好きだった。

 

 

 

大量の本に囲まれて

いつも本を読んでいた。

 

 

 

薔薇を詩ったオーストリアの詩人リルケが

 

薔薇の棘で死んだことを引き合いに

 

 

「人は生きたようにしか死ねない」

と言っていた。

 

 

 

人は死んだらどうなるの

 

とわたしが問うたときは

 

 

 

大海の一滴になる

 

と教えてくれた。

 

 

 

見えないけれど

その一滴は

たしかにそこにある、と

 

 

 

 

 

 

 

出世の話があるとすぐに仕事を辞めた。

母はいつも苦労していた。

 

いつでも人の上に立っているひとだ

と思っていた。

 

 

 

わたしに

 

お前はおれの子だから

いやでも人の上に立つリーダーになる

 

といつも言っていたな。

 

 

 

 

 

集団や人付き合いがあまり得意でなかったわたしは

よく学校を休んだ。

 

 

父はいつも

 

バカは相手にするな

といっていた。

 

 

 

どこか人を見下しているところがあったように思う。

 

 

 

 

 

 

わたしにとっての男性は

たぶん父がすべてなのだと思う。

 

 

 

 

 

だけど

 

 

すこしだけ大人になって

 

読み返した彼からの手紙があまりにも

幼稚すぎて愕然とした。

 

 

 

手紙の中で

ずっと夢の中をいきているようだった

といっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

いま、わたしもまた夢の中を生きているようで

すべてのことに実感がないことに気づいてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

20年以上ぶりの

普通の会話っていったい何が普通なんだ。

 

 

 

 

 

あんな声だったっけ

あんなしゃべり方だったかな

 

 

 

わたしのお父さんは

そんなみじめな生き方をするひとだったっけ

 

 

 

 

 

 

 

恨みなんてないのよ

同時に憐れみもない

 

 

 

時間を取り戻したいとも

あの頃に帰りたいとも思わない

 

 

 

 

 

 

 

だとしたら

この感情の正体はいったい何なのか

 

 

 

 

 

 

誰かに教えてほしい。

 

トラウマなんて言葉を軽々しく使いたくはないけれど

 

 

 

 

 

17歳のわたしがぶり返してきて

どこにも行けない気がしている。


 

ゆるやかに

 

 

 

 

ではなく

 

いっきにやってきた夏。

 

 

 

 

 

ひとつ歳を重ねて

自分の生きる道をまた考える。

 

 

 

 

去年のたんじょうびは

 

恋心との葛藤で

 

あきれるくらいに

自分の感情をコントロールできず

 

 

勝手な決めつけと思いこみで

どうでもいいことで一喜一憂して

 

自分を見失っていたことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は ふたりきりの誕生会。

 

エスコートも

 

サプライズも

 

プレゼントも

 

 

 

ほんとは全部夢みたい。

 

 

 

 

 

 

誕生日おめでとう

 

と言わないのも

 

年末デートと称するのも

 

彼らしい。

 

 

 

 

 

なにも明かしてくれないのだから

向き合っているわけではない。

 

 

それでもきちんと関係について触れてくれることは

決して都合よく扱おうとは思っているわけじゃない。

 

結果的にそうなったとして

それは自分が選択したこと。

 

 

 

 

期待しないで待っていて

 

 

 

 

ひどく無責任な言葉だけれど

 

言葉になんてなんの意味もないのだ。

 

 

 

 

 

そして

 

向き合いたくないのは

わたしも同じ。

 

 

 

 

 

 

 

 

付き合うのに言葉なんていらない

 

いままで付き合いたい人と付き合えなかったことはないし

付き合いたくない人と付き合ったこともない

 

 

 

 

 

それは

暗にわたしのことを指していて

 

 

 

 

この関係を現す言葉はいまは見当たらないけど

 

 

 

 

 

それでも利害の一致があって

こうなったはずで

後悔はひとつもない。

 

 

 

 

 

きっと長くは続かない。

すぐに苦しくなる。

 

二度と会えない未来だって想定しないとならないだろう。

 

 

 

 

 

変わることは難しい。

 

だけど

 

変わらないことはもっと難しい。

 

 

 

 

 

それでも

 

 

変わらないために

変わる努力をし続けたい。

 

 

 

 

広がった世界で

はじめてのことばかり。

 

 

 

人に期待はしない。

 

でも自分への期待はしてもいいよね。

 

 

 

だれにも言えない

だれにも理解されない

 

 

2019年 夏のはじまり。