カリギュラODというゲームをご存知だろうか。2018年、今からおよそ6年ほど前に世に出たゲームである。元々はPS4のソフトだったが今はswitchでもリリースされているので、プレイのハードルは比較的低いと言えるだろう。



ではなぜ今になってそんな昔のゲームを推すのか。

それはこのゲームがまさしく仮想現実が周知されつつある現代に突き刺さる内容だからである。

ゲームシステムとしては、このゲームはペルソナシリーズのそれに近い。人によっては「ペルソナ5の劣化版」ということすらある。しかし、ペルソナ5とカリギュラODの間には一つ深い隔たりがある。

ペルソナ5も確かに、現代における青春ジュブナイルの傑作といえるだろう。システムUIに関してはペルソナ5の方が親切でもある。



カリギュラODの真の魅力とは「青春」ジュブナイルのみにあらず、という点である。カリギュラODは仮想現実に囚われた主人公たちが現実への帰還を目指し、仮想現実を保持し、より多くの住人を確保しようとする者たちと戦うというのがあらすじとなっている。

主人公は無口なキャラクターであり、ゲーム内での一部選択肢以外ではそう強く主張しない。彼が何故仮想の楽園から現実へ帰りたがっているかは、プレイヤーの解釈に委ねられている。対して他のキャラクターたちが現実へ帰ろうとする理由も、会ったばかりではわからない。



舞台となる仮想現実メビウスは、バーチャドールμ(歌とそれを聴く人の感情を力に変えるボーカロイドのようなもの)によって作られた現実逃避のための楽園である。メビウスに来る人々は皆、現実世界に何かストレスや問題を抱えている。主人公の味方である帰宅部の面々が一枚岩でない原因も、これに起因している。なぜ居心地の良いメビウスから出ていくのか、なぜメビウスに来たのかということを彼らはお互いに知らない。バ美肉よろしく現実とはかけ離れた姿であったり、日頃の振る舞いとは違う素性を持っている。当然帰還に対する思いも個人差がある。何かの目標のため、あるいは漠然と、あるいは更なる逃避のため。彼らは帰還という目的の一致により集まっているが、仲間としては極めて脆い繋がりなのだ。


仲間たちの言動からは、プロフィールや外見からは予想もつかないようなものが伝わってくる。そして主人公は彼らとかかわり、時として彼らの抱える問題に向き合うか否かといった決断を迫られる。

仮想現実と現実のギャップ、仲間との絶妙な距離感、向き合いたくないものへの姿勢などは、情報社会を生きるオタクにとってはこの上なく興味深いものと言える。


ちなみに敵キャラにあたる楽士たちには、それぞれキノピオPなどのコンポーザーによる曲が用意されている。歌詞も彼らの内面に深くつながるものであり、こちらも必聴と言えるだろう。