久しぶりに想いを綴ります。


2011年の9月からイベントをしてきて
2015年の9月に一区切りをしました。


一時休業。


仕事も営業に昇格し、忙しくなって
この7月に派遣からソフトバンクの契約社員になりました。


今年は身近な音楽の仲間がライブハウスから
離れる年で、


一番衝撃が大きかったのは

IMAGEの濱野さん


今まで何度も
大阪に行きたいと、
地元に帰ろうかと、
当時の彼氏について県外にいこうかと


悩んでも悩んでも


岡山に居続けたかった理由も居場所も

IMAGEの濱野さんが作ってくれたものでした。


どれだけ辛いことがあっても
濱野さんの前で泣いたこともあったけど


それでもイベンターとして
岡山で頑張ってこれたのは濱野さんのおかげでした。



濱野さんの力になりたい。

岡山盛り上げたいね。
面白いことしたいね。
楽しいことしたいね。



毎度、悩みやモヤモヤしたものを吐き出すたびに
最後に出る2人の答えはそれでした。



辛いときに帰る家で、
仕事でいっぱいいっぱいになる度に
ライブがなくてもIMAGEに行くくらい


ぴのにとって本当のライブハウスでした。
今でも家。



ただ、濱野さんがいるIMAGEで作り上げてきた
ぴののイベントplaying music


どうしてもフロアにずっといる身だからこそ
雰囲気って大事でね、

ぴのとライブハウスと
ぴのとバンドと
バンドとお客さんと
ライブハウスとバンドと


その雰囲気で本当の家を作りたかったんだなー。


だって、ぴのの家だったんだもん!


そのぴのの大好きなバンドと鳴る
大好きなライブハウスで成る
playing musicは私にとって大切な家でした。


濱野さんがIMAGEを辞めると知った時
ぴのの居場所がなくなる喪失感と
岡山に居るときめた理由がなくなった感覚がした。


泣いても泣いても
埋まらなくて。


それと同時にイベンターとして
大きい区切りがあった。

イベンターとして帰る場所と言うなれば
濱野さんが作る音楽が鳴る環境なのだと思う。


岡山は第二の故郷。
や、多分むしろ、地元より落ち着く…。


帰る場所と思ったときに
1度、岡山から離れるのもアリなのかもしれない。

そう思えた。



きっとぴのは音楽を聴かなくても生きていけると思う。
でも、音に包まれる環境がないと死んでしまう。


ライブが好きだ。とてつもなく。
やっとライブに行けるようになって心から思う。



本気で好きだと思ったら
どんな形でも離したくないと思う。


過去に囚われる自分
過去の先には未来はなくて


未来を選んで、掴むのも自分。


逃げるのも、立ち向かうのも、自分。



きっと、ぴのの試練は
人を愛して、人を許して、

自分の足で生きていくことだと思うの。


自分で選んで、責任を持って自分の人生を歩いていくことだと思うの。


ずっと人生の選択から逃げて、逃げて、逃げて
差し出された手も取れず

ずっと目を背けて、ずっと怯えて生きてた。


大きい想いと捨てきれない感情と理性の狭間で
全て自分で選びきれずに
ここまでズルズルと過ごしてしまった。


きっともっと早く決断すべきだったんだと思う。
もっと早く選ぶべきだったんだと思う。


1年半、素直に生きれない
苦しみを味わったからこそ

心の行く先へ。
心の求める方へ。


素直に生きる強さと
自分で選んで歩む強さを。


そして、大切な人たちに
ありがとうとよろしくを。
昨日はAILVANTとFried FistとHAIR MONEY KIDSを見にMAMA2へ。


その前に、ホームのIMAGEで話し合いとまったりして笑


ほんまに家なんよね。
岡山での。



Fried Fistの冨田くんのMCは胸にグサグサ来た。


カウンセラーになりたくて茨城から岡山に来ました。
一番入りたかった大学。

死にたいと、消えたいと思っていた過去。
高校と小学校の友達が自殺して。


同じような人の力になりたい。
自分もかかっていたカウンセリング。


需要も少ないし、病院で働ける人なんて僅かだし。


カウンセラーになるには院まで行かないとだし。



それもわかって選んだ大学。


でも、カウンセラーの実態をしって、
学科長には受験の面接のときにカウンセラーになりたい言った人は落としたって話を授業で言われ(実際に自己推薦落ちてる)


カウンセラーにならなくても別の道で人の力になれるんじゃないのかな?


きっとね、はいはいってはなし聞いてなにも言わず、楽にさせたり、自分で考えさせたり。それも大事なのもわかってる。


でもね、うちは力になりたかったんだよね。
そこの違いから、よくわからなくなった。


そんなときに行き始めたUVERのライブ。

全国飛び回ったよね笑


そこからDUFFのP-KUNと出会って行った関西奏音祭。


大学は休学もせずに在籍した状態。

ライブと仕事以外の日は動きたくなかった。


休学して、その年にイベントするようになって。


高校も中退して、大学も中退して、
お金の面でも迷惑かけて。


親不孝だなーと思う。
でも親は音楽だけはイベントだけはやめるなよって言ってくれる。


イベント始めてからライブ見る目も変わって
ライブいくのやめようかな何て思った日もあった。


音楽がなくても生きてはいけるとおもう。

でもね、音楽がないと光が差し込まないんだよね。


あと一年のうちに面白いことをしたい。
いろんな意味で。

ちゃんと形にして、ちゃんと。


全て投げ出したい、そう思っても投げ出せなかったのは好きだから。
簡単に投げ出せるものを好きっては言わない。

そのために時間を割けれなければ好きとは言えない。


夢があるのですよ。
イベントも、その他のことでも。


バンドマンじゃないですよ。
箱のスタッフでもないですよ。

それでも、ちゃんと夢と理想と現実があるのですよ。

もっと、もっと頑張ろう思った。


本気で思ってる夢ってなに?
夢から逃げてるのは自分。

夢から逃げれる時点でそれは夢じゃない。


そう思った昨日。
3月23日から28日までの
JAPPSツアー。


無事?
終わりました。


不安いっぱいで迎えたけど、
蓋を開けたら幸せしかなかったです。


周南riseでは
お腹いっぱいー!って笑

打ち上げでも誕生日祝ってくれて、


岡山でもお腹いっぱいー!って笑

初日は固かった表情も
二日目には少し和らいで。


JAPPSのラインでみんな、ぶっこみまくってて面白すぎて笑



オフ日もみんなで遊んで。笑


終わりたくない。
広島のときからみんなで言ってた。

H"palty、OVER YOUのあとに号泣するっていう。


あっという間に過ぎた1週間。

H"paltyとcarbon monofixはインフルで福岡出れなかったけど、



福岡の時のSHUT OUTの二曲目から号泣でしたよね笑

日に日に成長する姿とかさ、
一緒にいたからこその打ち解け具合とかさ、


こんな表情するようになったんだなーとか
こんなライブするんかーなんて思ってたら涙腺崩壊したよね笑


acolytesもSEからうるうるして。

OVER YOUも最後号泣やって

そっから撤収までずっと泣いてはおさまって泣いてた笑


carbonと、H"がいたらもっと泣いてたと思う。笑



正直、怖かった。
至らないとこたくさんあった。
そういうところも見れた。


今でも思い出して泣きそうになる。


きっと1年前に病気にかかって、
全部捨てて実家に帰ろうかも悩んだ。


その時にね、親にイベントだけは辞めるなよ。


そう言ってもらえたから
だから今こうしていられる。


仲間と思える人たちと
支えてくれるたくさんの人たちがいるから

pinoは立っていられた。



歩いていくにつれて進んでいくにつれて

壁も、モヤモヤも、苦しさも、
それに伴って周りからの期待や、信頼や、


いろんなものが増えてきて。


ありがたいこと。
イベンターとして居られること
そう生きようと思うこと。


それを身に染みた1週間でした。


もう、24歳祝ってもらってから1週間。。早いww


うん、まとまらない。


生きててよかったって心から思った。
生まれてきてよかったって。

出逢えてよかったって。


本当に
OVER YOU
acolytes
carbon monofix
SHUT OUT
H"palty
透雨

各イベントの地元バンドさん、
ピッコロさん、あやかちゃん、すーざん、ジェイコさん、ありがとうございました。


9月にまた計画してます!
各々、イベントもしていきます!

是非ともチェックして遊びに来てください!行ってください!


これからもよろしくお願いします!