「命あるものはいつか必ず終わりが来る」
って誰でも知ってるけどやっぱり悲しいよね。
私は一番、幼稚園のときにその辛さを味わった。そういえばね。。
忘れてた。←そう、この忘れるってことが問題なの。
悲しみ辛さ痛みも喜びも感情のすべて記憶も、どんどん消えて忘れていくようにできてるから
生きていられるって知ってるけど
でも、やっぱり忘れるのは悲しい忘れちゃうのがかわいそう。
思い出さなきゃ「忘れてた。・・・かわいそう」なんてことも思わないし
幼稚園のとき動物たくさん飼ってた。死んじゃうたびにすごく泣いていろいろ悔やんだりするけど、時間たつと不思議とケロってしてる。
そしてまたペットを飼って繰り返してた。
幼稚園の年長のとき初めて身近な人の死に直面したよ
おばあちゃん、本当にすごくやさしくて
やさしい記憶しかない。でも5歳までの記憶しかないんだよね。。
お兄ちゃんとかはもっとたくさん楽しい思い出あるのに、私はないんだ。ちぇ。
忘れてたけど思い出すことできるんだ!
そのことを今思い出して思い出した。
おばあちゃんのこと考えるとじわって来るし
このこと書いてるのは、大事なことをわすれてたから
思い出したことを記録として残しておこうと思ったよ。
4歳のときに転園した保育園先で友達になって、今でも離れても応援しあってる子が昨日誕生日を迎えたよ。
21歳。
その子がね
「保育園のときからの友達なんてなかなかいないよ!」
って来たの。
そうだ。保育園からなんだ。すごく懐かしいなぁ・・・・。って思ったんだけど
本当に保育園からの友達は彼女だけなのかな?って思いをめぐらせると
確かに小1~の子ならたくさんいるけど、保育園はいないなって思ったの。
本当ならいたのに、いたはずなのに忘れてたんだよね。
たまたま、さっきお母さんの口からAちゃんのお母さんの話が出たの。偶然だね。
とても仲良くて3人でいつも遊んでた。
小学校に入ってAちゃんは私の家の近くの新築に引っ越してきたから毎日のように遊んでてお泊りしてた。
2年生になったとき学校こなくなって、入院したと聞いたから遠い病院までお見舞いに行って
でもAちゃんすごく元気だった。
「なっちゃん!あのね!おトイレで血のおしっこ見たんだよ!すごいでしょ?本当だよ。ね、まま!」
「そうね。」って笑ってた。
よくわからなくて私はキョトンと聞いてただけだけど、その後数週間後に退院して
さらに沢山Aちゃんちにお泊りにいってたなー。
頻繁だったよ。
いろいろいたずらしてAちゃんのお母さんに怒られたりもしたけど。
でも気づいたらお泊りいかなくなって、誕生日を祝うためにお母さんとプレゼント持って行ったときは元気なくて起きてるけど話せなくなってた。
でも、私は驚かなくて
なんでだろう?としか思ってなかったし、体調悪いんだ。としか思ってなかった。
そういえば誕生日のチョコレートケーキ、ずっと枕元においてあった。
本当に毎日おうちに行ってたから、先生とかいろんな人がAちゃんちに来てた。
難しい話とかわからないし、とりあえずAちゃんの横にずっと座ってた。
数ヶ月たって、我が家で兄の友達が沢山来ててテレビゲームしてて混ぜてほしいのにやらせてくれないからいじけてトイレに行こうとしたら
お母さんが廊下で電話抱えてて、振り返って私に泣きながら
「Aちゃんね・・・。」
っていったの。さすがに小2でもわかるよ。
リビングはお兄ちゃんたちでうるさいから隣の部屋に行って、カーペットぐちゃぐちゃになるまで一人で泣いた。
その後はよく覚えてないけど、通夜に出た。
Aちゃんの両親が、参加者のお辞儀に泣かずに返してる姿を見て小2ながらにすごいなって思った記憶。
Aちゃんがなくなる前。
入院したころ、夕方学校から帰ると玄関でAちゃんのお母さんと私の母が話してた。
私が帰ってきたのに気づくとおかえりって二人とも言ってくれたからそのまま家にはいったんだけど
今思ったらAちゃんのお母さん目、潤んでた気がする。
Aちゃんの亡くなった原因をしばらくして聞いたけど「原因がわからないんだって。」てお母さんに言われたけど、果たしてそれが本当なのかはわからないな。
忘れない!って思ってた。Aちゃんのお母さんのためにも忘れちゃいけないって思ってたのに。
中学、高校に入ってから活動時間まちまちになったせいでAちゃんのお母さんとはぜんぜん会うこともなくて
ただ、中学のとき1回だけ
我が家の前を自転車でAちゃんのお母さんが通った。
私は上履き洗ってて、なっちゃんおはよう!て言われたからおはようごさいます!て返した。
あの時しばらく罪悪感がのこった思い出・・・。
きっと私をみたら
「悲しくなるだろうな。」
「Aちゃんも『生きてたら同い年で上履きとか洗ってたんだろうな』とか・・思ってしまうと苦しくさびしくなるだろうな」って思った。
だからせめて忘れちゃいけないんだって思った。
大学になって引っ越したから(すごい遠いわけでもないからあえない距離じゃないけど)自然に会う機会はなくなったなー
わたしは死んだあとに忘れられちゃうのがいやだって昔から思ってた。
忘れた先は「無」だと思うの。
だから形を残して存在を証明しないと!って思う。
喜怒哀楽をたっぷりあじわって思い残すことない人生をおくりたい。
おばあちゃんと両親とおじいちゃんとAちゃんのお母さんの夢を背負ってる気で生きる。