京都橘高校吹奏楽部の創部は1961年ごろで,1970年の大阪万博でも活躍したような記事を見かける。今の橘基礎を作ったのは宮和弘コーチとされている。指導はいつからかとAIに尋ねたら,

 

宮一弘先生が京都橘高校吹奏楽部の指導に関わり始めたのは、部が全国的に知られるようになる前の1995年頃で、その頃から先生の理想とする指導が始まり、「オレンジの悪魔」の基礎が作られていったとされています。具体的には、1995年9月の関西大会での演奏は、宮先生の指導が始まった時期を物語る象徴的な場面として語り継がれています。 

 

と返ってきた。私の考えは

(1)当時,阪急少年音楽隊全盛期で,宮コーチも阪急に所属していた。

(2)宮コーチが1995年からとAIは言っているが,もっと以前からではないのか?1961から1995のい309数年は誰が足どうしていたのか?阪急から入れ替わりいろんな人が教えにきていたのか?それとも,独学していたのか。

(3)ネット上にない情報はAIにも答えるのは無理だと思う。KTお当時を語ってくれる人はいない。

(4)多分知っている人は知っている。