古代吉備路探索 〜岡山県岡山市中区〜 | 旅するカメラ

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旅と歴史、そしてカメラ。

自分でも「地味な所ばかり行ってるな~。」と思う事が多々あるけれど、
その中でも古墳を巡り歩いたある日を回想してみよう。



とある日、岡山県岡山市の中区にある操山古墳に登ってみた。


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めっきり山城登りをサボっているので、ちょっとした小山の操山に登るのも一苦労。
このままでは岐阜城や高千穂峰に登ってみたいと言う私の夢は叶いそうにないぞ。
ちょっとは鍛錬しなければ・・・と、反省しながら山道を登っていくと20分程で山頂と思われる旗振台古墳に到着。

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方墳で縦穴式石棺。
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ちゃんと説明板があるので何の知識も無くてもOK!
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旗振台から見た岡山市南部。
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前に鬼ノ城を訪れた時は新羅が攻め込んで来るのを恐れて造った城にしては何故にこんなに内陸部に造ったのだろうと不思議だったのだが、現在の岡山市内 の平野部はほとんどが干拓によって出来た平野であると本で読んで納得。
つまりは、内陸と思っていた所が実は海岸線だと言う事か。

ちなみに私が登った操山もその昔は島だったのだ。
今見える平野部は全部海だったと思うと不思議である。



あと、この旗振台という名前。
これは明治中頃に大阪堂島の米相場の価格をいち早く伝える為に、
山の上で旗を振って伝えた中継点がこの辺りにあったからとの事。

古代の有力者の墓の上で、米相場の価格を伝えていたなんてちょっと面白い。



意外と古墳も面白いので、さらに奥へと進んでみた。
歩いていると道ばたに古墳が出現。
この操山には古墳が点在しているのだ。

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岡山は古墳が多い。
さすが吉備王国。

福岡も古代メインの土地柄なので岡山と言う地はなんとなく親近感が湧くのである。


更に奥へと進んでいくと先ほどの古墳よりひと回り大きな古墳が出現。

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八畳岩古墳に到着。
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石室の上に盛られていたと思われる土は流出してしまい、石室がむき出しになっている。

この辺りの小学生はこの石室の中に入って遊んでいたらしいが、
よく考えたらお墓なのだよ。。。
きっと「コフン」と言う物が何なのか知らないから出来たんだろうな。




元々は古代歴史に興味があった。
歴史の本を読んで周りの風景を見渡すと、見慣れた丘や山も全部古墳に見えた事を思い出した。



歴史に興味を持った頃の空気も一緒に思い出したのかもしれない。