はじめまして。



御挨拶もかねまして


哲学とは?


ということについて初めにお話しをしたいと思います。



この段階でことわっておきますが、
これからお話するのは
ごくごく「自然で」「当たり前の」話です。

特定の分野でよく見られる、
論理破綻というか、盲目的に「そうにきまっている」と
あまり考えてないんだなー的な話ではありません。

もちろん、自分の答えが
「誰よりも正しい。」
「完璧だ。論破できるわけがない。」
「僕こそが新世界の王だ」
という感じでもありませんが、

「イケる」

という人生何十年かの試行錯誤の末の自信をもって話そうと思っています。


では、少し長い話になりますが読んでいただければとても嬉しいです。







いきなりですが、


哲学ってなんでしょうね?


自分は中学校の時に道徳の時間か何かで
それを初めて知りました。

正直言うと

「何をわけのわかんないことをいってんだろ…」
「それ考えて意味あんの?」

と、感じました。




いろいろな考えもあると思いますが
つきつめて考えると
「哲学」っていうのは

答えを出そうとすること

だと思います。




また唐突に聞きますが、

この世にひとつでも「わかった」と断言できることがあるでしょうか?



自分は無いだろーなー思います。

「いやいや何をアホなことを」
「科学で証明してきたことが山ほどあるだろ」
「地球が実は四角いとか言うつもり?笑」
「1+1=2」
「この世界は存在する、なぜなら…」


いろいろな意見が聞こえてきそうですが


よく、
妥協せず、
諦めず、
考えてください。


それって、何と答え合わせをしたんでしょうか?

何をもって正しいとしたんでしょうか?

どんな証明をしたんでしょうか?


証明という分野で絶対的な支持を得ている科学でさえも、
「だろう」の範疇を超えてはいません。


リンゴが木から落ちた。
これは万有引力というものがあって、
リンゴが地球からひきよせられたと考え
いろんな実験をした結果、その試してみた実験で矛盾が無かったから
間違いない「だろう」。


宇宙から地球を見た飛行士が
「地球は青かった」と言っているらしい。
それらしい写真の地球も確かに青かった。
そして、地球の表面の大部分は海で構成されているらしい。
なるほど、青いに違いない「だろう」。


自分は●●△子の娘の●●△美らしい。
確かに顔も似てるし、血液型も同じ。
さらにはDNA検査でも親子関係が証明できたから
この人の娘で●●△美なん「だろう」。



これが間違っているとか、いないとかの話ではありません。
「断言はできない」という話です。


現にその絶対的地位を獲得している科学という分野で
歴史上最高との呼び声の高いアルベルト・アインシュタインが出した
相対性理論も実験の結果覆りそうで、
今物理学の世界はにぎやかな感じです。

繰り返しますが
これは、結果的に正しかったからどーとか間違いだったからどーとかではありません。


世界最高と呼ばれるような頭脳を持ってして出した答えであっても

「疑う」ことができるものだった
「確定」していないものだった

ということです。



上の例をもって
もう一度考えて下さい。



わかったと断言できることなんてあるんでしょうか?



アインシュタインは何をもってその「答え」を出したのでしょう。
彼の中で確信に近いものがあったからこそ、その答えを出したのでしょうが
その答えが合っているかどうか教えてくれるものはありません。


夏休みの宿題の答え合わせ用紙は無いのです。


答えの確かめようがない。



試しに一つのことに「なぜ?」を繰り返してください。

やったことがある人も多いかと思いますが
途中で投げ出したくなるもしくは、見て見ぬふりをしたくなるでしょう。
でもやってみてください。



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なぜリンゴが木から落ちるの?
→それは万有引力というものがあって
他の力より地球にリンゴが引きつけられる力が強くなった結果
落ちるからさ。

なぜ、それが原因で落ちるとわかったの?
→それは数々の実験の結果、その法則の通りの結果になったからだよ。

なぜ、その実験の結果が間違いないとわかったの?
→それはそう思えるような実験をやり尽くしても想像通りの結果になったからだよ。

なぜ、やりつくしたと言えるの?
→それは何人もの科学者が何十年も研究しても覆す結果が出なかったからだよ。

なぜ、何人もの科学者が何十年も研究したらやり尽くしたことになるの?
→それは…


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俺は君が好きだ。
→なぜ好きなの?

それはとても優しいからだよ。
→なぜとても優しいと好きなの?

それは優しくされたら嬉しいからだよ。
→なぜ、嬉しいの?

それは自分のためにいろいろしてくれたら感情的にそういう気分になるからだよ。
→なぜ、そう感じるの?

それは…


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といったようにどんなことでも掘り下げていくと

「それはそういうもんなんだ」
「そう感じるんだ」
「そう決めたんだ」

という
なんともまぁ説得力のない答えになります。




それでも答えを出さなければ何も動けません。





最近AI(人工知能)の分野で問題となっているのが
「決められない」ことだそうです。


人間が受けている様な不確定で莫大な量の情報を処理しようとすると
次から次へと膨大で流動的、不確定の情報が流れてきて

一歩進む

ということを「決める」ことすらできないそうです。



床の強度は?
この床に使われている素材は?
純度は?
またそれを確認する方法は?
自分の足に異常はないか?
メンテナンスした時のデータは?
そのデータが間違っていない確率は?
その確率を出す計算式の根拠は?
今隕石が落ち来る確率は?
今地震が来る確率は?
今津波が来る確率は?
それら確率から考えて一歩を踏み出すのが正解か?



「一歩踏み出す」
そのためだけにこれだけの情報を処理してしまっては
計算だけで何年かかるかわかりません。
というか
状況が1分1秒変化しているこの環境では
計算は未来永劫終わりません。


終わらないだけならまだしも
さっきの例で言ってもその計算に完全な根拠となるものはありません。
設定しているものを計算するだけです。


だから人間は今ある人工知能には限られた情報した与えてません。

上でいったような床の情報やら隕石、地震の情報など
あるかどうかは別として「完璧な答え」を求めるのであれば必要なものを与えていないのです。

何もできなくなるから。



でも人間は「決める」ことができます。

凄まじく膨大で不確定な情報を勝手な思い込みで
「決める」ことができるのです。



床の強度は?→パッと見いけんじゃね?
この床に使われている素材は?→木っぽいよね。ウッド。
純度は?→最近安物多いよね。
またそれを確認する方法は?→視力1.5のこの目。
自分の足に異常はないか?→いやピンピンしてますがな。
メンテナンスした時のデータは?→やぶ医者の健康診断。
そのデータが間違っていない確率は?→仲いいし、俺だけはちゃんと見てくれた気がする。
その確率を出す計算式の根拠は?→だてに人生20年すごしてねーぜ!
今隕石が落ち来る確率は?→NASAに聞け。
今地震が来る確率は?→なんか今後何十年以内、なんとか地震が何%とかテレビでやってたな。
今津波が来る確率は?→もういいよ。質問すんなよ。
それら確率から考えて一歩を踏み出すのが正解か?→は?120%大丈夫でしょ。笑


そうした思い込みがあればこそ一歩を踏み出せるのです。



わからない。

断言できるものなんてない。

根拠といわれても100%証明できるものなんてない。


でも、結果正しいかどうかはわからなくても
答えを出そうとする。


だって、何も動かないよりはずっとずっといいじゃん。



それが哲学。


僕はそう考えます。



なんともざっくばらんな感じで、
かつ例えに関しては厳密な精査したわけではないので
細かい点で若干誤りがあるかもしれませんが、乱文お許しください。


今後、こういった話をしていければなーと思います。
100%合っている確証はなくとも。



でわ、また。


urishi