ミスターが亡くなって、息子の一茂さんが子供の頃に父親(勿論ミスター)と無言で暗くなってもずーっとキャッチボールした思い出を語ったそうです。
それを聞いて、自分はあまり父親とキャッチボールをした覚えが無い。代わりに5歳違いの兄と十代の頃良くキャッチボールをしたのを思い出した。その頃から兄は、自分の越えるべき目標であり、ライバルと捉えていた気がする。家庭の事情で自分が9歳から13歳まで兄や姉とは遠く離れて暮らしていた。夏休みになる度に田舎に住む姉兄達の所へ疎開したような生活をしていた。そこは、実家(祖父母の家)なのだが、両親が東京に生計の場を移さねばならなくなり、一番下の自分だけを連れて引越したのだ。その為、姉兄達と数年の別居時期が生じたのである。姉兄共に、高校まで祖父母の家で過ごし、卒業と同時に東京に出て来て一緒に住むようになった。疎開生活の時は、兎に角兄に付いて歩いて遊んでいたせいなのか、歳を重ねたせいなのか、一緒に住むようになってからは目標であり、ライバル視するようになった気がする。だからなのか、どうしてもマウントを取りたがっていた自分がいた。そんな自分を知っていたのかは、早々に鬼籍に入ってしまった兄に確認のしようは無いのだが、良くキャッチボールの相手をしてくれた。自分がピッチャーの役で、兄はキャッチャー。自分は、東京に来てから同級生と一緒に野球をするようになってから打ち解けて友達が出来るようになっていた。小2迄田舎にいた頃から運動神経には自信があったので、野球をしても同級生に遅れを取る事はなかった。ま
っ、小学生の草野球の話しではあるが。
そんな自分を気遣ってピッチャーをやらせてくれたのかもしれない。
今回は、ここまで。