2011年3月11日から、5年。
すこし、個人的な話をさせてください。
当時、私は東京に住んでいて、3月11日は有給休暇を取って、
八ッ場ダムで沈む川原湯温泉(群馬)に行っていた。
ふらふら歩いていたら、突然地面が揺れた。
向かいの家から人が飛び出してきて、
「あんたちょっと、すごいことになってるよ、うちでテレビ見ていきな!」
と言われて、その家に入った。
見たことのない景色が映っていた。
車や人が波に飲み込まれていくのを、
警報の水位がどんどん上がっていくのを、
リアルタイムで見ていた。
現実ではないみたいだった。
東京の家に帰ってラジオをひねると、
アナウンサーが泣きながら報道していた。
(一人暮らしの家にはテレビもパソコンもなかった。)
買い物に行くと、本当にものがなかった。
「旧ソ連の末期みたいだな」と思った。(今の学生さんにはこれは伝わらないかな…)
翌週、会社に出勤すると、いたるところにヒビが入っていた。
原発の影響による水の心配をしている人が多かった。
あの年の隅田川の桜は忘れない。
例年出る屋台や提灯が、あの年は自粛になった。
今までの、そしてその後のどの年より、
あの年の桜は美しかった。
あんなことが起きても、桜は毎年咲くのだと思った。
亡くなった人を思い、泣いた。
あのころ、これからの日本は優しさが基準になるのではないかと思った。
5年たって、何か変わったかな。
私は変われたかな。
せめて毎年、こうやって、あの日のことを考えるようにしたいと思います。
皆さんはいかがお過ごしでしょう。
民医連では、学生向けの企画として福島に行くものもあります。
私も、いずれ参加させていただけないかなと狙っています。
(ファルマネットみなみ 渥美)