裏車掌です。

 

昨年から本(ほぼ新書)を紹介する

ブログになっております。

 

本の紹介記事は、

日曜日と木曜日の朝7時

更新となります。

 

よろしくお願いします。

 

はじめに:『映画を早送りで観る人たち』待望の続編

2022年に大きな話題を呼んだ『映画を早送りで観る人たち』の著者・稲田豊史氏による待望の続編が登場しました。

 

前作では、映画やドラマを倍速視聴する若者たちの実態と、その背景にある「コスパ」「タイパ」という価値観を鮮やかに描き出しました。

 

本書『本を読めなくなった人たち』では、その視点を「読書」という行為に向け、現代社会におけるテキストメディアの受容のあり方を深く掘り下げています。

 

 

 

 

本書の概要:読書とコスパ・タイパの関係を探る

本書の最大の特徴は、「本を読めなくなった人たち」への徹底した取材にあります。

 

日本人の6割以上が1ヵ月に1冊も活字の本を読まないという現実がある中、「読まない人たち」の生の声にフォーカスした書籍はこれまでほとんど存在しませんでした。

 

稲田氏は、読書離れを単に嘆くのではなく、その当事者たちが何を考え、どのような本音を抱いているのかを丹念に拾い上げていきます。

 

 

コンテンツ消費における「コスパ」「タイパ」という欲望が、読書においてどのように作用しているのか。

 

この問いを軸に、読者と出版社、そしてウェブメディアを取り巻く現状が多角的にリポートされています。

 

 

 

第1章の見どころ:無料でニュースを読む時代の弊害

第1章「ニュースを無料で読む人たち」では、無料ウェブメディアの行き詰まりが論じられます。

 

「ニュースは取りに行かない、降ってくるから」「誰が書いているかなんて考えたこともない」といった取材対象者の言葉は、現代の情報受容のあり方を端的に表しています。

 

 

SNSのタイムラインに流れてくる情報を受動的に消費する習慣が定着した結果、情報の出典や書き手への意識が希薄になっています。

 

この章では、無料でコンテンツを提供し続けることの限界と、それがジャーナリズムや言論空間に与える影響について考察が展開されます。

 

 

 

第2章の見どころ:なぜ本を読まなくなったのか

第2章「本を読まない人たち」は、本書の核心部分といえるでしょう。

 

ここでは「わかりみ」と「おもしろみ」というキーワードを手がかりに、読書離れの実態が明らかにされます。

 

 

特に印象的なのは、「読書は『ながら』ができないからコスパが悪い」という声です。

 

動画を見ながら食事をし、音楽を聴きながら作業をする現代人にとって、読書という行為は「その時間、他のことができない」という意味でコストが高いと認識されているのです。

 

この指摘は、読書という営みの本質的な価値と、現代の時間感覚との乖離を浮き彫りにしています。

 

 

 

第3章の見どころ:本との出合いが失われる構造

第3章「本と出合えない人たち」では、無料抜粋記事と電子書籍の限界が論じられます。

 

「何を読んでいいのかわからない」「書評って何ですか?」という取材対象者の言葉は、本との出合いの回路そのものが失われつつある現状を示しています。

 

 

かつては書店で偶然手に取った本や、新聞・雑誌の書評欄が読書への入り口となっていました。

 

しかし、そうした「偶然の出合い」の機会が減少する中、多くの人々が本の世界への入り口を見失っています。

 

出版社がウェブ上で無料抜粋記事を公開する試みも、必ずしも書籍購入には結びついていないという実態が報告されます。

 

 

 

 

第4章の見どころ:書店離れの深層心理

第4章「本屋に行かない人たち」では、書店という空間の意味が問い直されます。

 

「売れない服は店頭に置かないじゃないですか」という発言は、書店を単なる小売店として捉える視点を象徴しています。

 

 

また、「検討コスト」「思考コスト」という概念が提示されます。

 

膨大な選択肢の中から何かを選ぶこと自体がコストとして認識される時代において、書店で本を選ぶという行為は、多くの人にとって負担に感じられるようになっています。

 

一方で、著者は書店を「聖域」として捉える視点も提示し、その文化的・社会的意義について考察を深めています。

 

 

 

終章の見どころ:「読者」と「消費者」の分断

終章「紙の本に集う人たち」では、「読者」と「消費者」という二つの集団の存在が提示されます。

 

「こんなものを読書と呼ぶな」という声がある一方で、要約サービスやオーディオブックを活用して効率的に情報を摂取する層も確実に存在します。

 

 

稲田氏は、この二つの集団を単純に対立させるのではなく、それぞれの論理と欲望を丁寧に描き出します。

 

読書という行為の意味が多様化・分散化する中で、「紙の本に集う人たち」はどのような価値を見出しているのか。

 

この問いへの考察が、本書の締めくくりとなっています。

 

 

 

おわりに:テキストメディアの未来を考えるために

本書は、読書離れを嘆く本ではありません。

 

また、「本を読まない人たち」を批判する本でもありません。

 

稲田氏の姿勢は一貫して、当事者の声に耳を傾け、その背景にある社会構造や価値観の変化を理解しようとするものです。

 

 

コスパ・タイパを重視する価値観は、個人の怠惰や知的退廃の問題ではなく、現代社会が生み出した必然的な帰結でもあります。

 

本書を読むことで、私たちは自分自身の読書習慣や情報との向き合い方を振り返るきっかけを得られるでしょう。

 

 

テキストメディアと読書の未来を考えるすべての方に、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。