こんばんは。
PinkyGirlsSchool
歩夢(あゆむ)です
久しぶりの更新になってしまい、ご心配をおかけしてすみません。
まだ私は岩手にいます。
硬いコンクリートでできている道路も、
鉄でできている線路も、
「水」によってこんな風に壊されてしまったんです。
「水」って怖いですね。
思い出の品も、財産も、大切な宝物も、全部流れてしまったんですね。
お父さんの話だと、お墓や仏壇までもが流されてしまい、どこにあるか分からない方がいるそうです。
町ごとなくなってしまった私の故郷は、がれ木と土ぼこりにまみれ、まるで戦争の跡のような、砂漠のような光景です。
この中にどれだけの人が眠ってるの?
ぽっかりと穴が空いたような気持ちになります。
お年寄りの方が重い荷物を持ちながら、足元にがれき転がっている危ない道のりを、そのがれきをよけながらゆっくりゆっくり…休憩しながら、坂を登っているのを見るともう見ていられません。
今は私が泣く時ではないのに、涙が出ます。
大丈夫、土ぼこりが目に入っただけだよ。
お昼や夕方には車や自転車が流されてしまったから、救援物資を歩いて運んでいる人の列ができてます。
華奢で小さな背中にパンパンに膨れたリュックを背負い、両手にも袋を持ち、力なく弱々しく歩くおばあちゃんや、お母さんを手伝ってまだよちよち歩きのちっちゃい男の子が、重そうな表情をしながら頑張って運んでいる姿を見ると呆然とするばかりです。
戦場カメラマンの方や、貧困の国の様子を撮るカメラマンの方はこういう気持ちなのかな…
写真は無言で事実を語る。
私がブログを書いていて辛いように、読んでくださっている読者の方々も苦しいと思います。
ここにいるとキャピキャピ元気に振る舞うという雰囲気ではないんです。
みんなが生きるか死ぬか、先が見えない中を、本気で生きています。
本当にみんな必死です。
自衛隊さんがインタビューで、「亡くなられた方々が毎日夢に出てくるんです。」と言っていました。
精神的にも肉体的にも限界だと思います。
ここへ来てから毎日地震があり、1日平均3~4回は揺れます。
決して油断しているわけではありませんが、もう慣れてしまいました。
何をするにも力が湧かないくて、無気力になります。
一歩外へ出れば残酷な光景が広がっているから、家から出たくない。
お父さんの家の隣の隣の家まで津波の被害にあっています。
すぐそばまで津波がきてたんです。
変な言い方だけど本当にギリギリで、本当に危なかった。
絶望的な中、皆さん取り乱すこともなく、悔しさを心の奥にしまい込み、生活しています。
周りのほとんどの家もみんな同じ状況だから、泣きたいのは自分達だけじゃないから、って口にも顔にも出せないんです。
泣きたくても泣けないんです。
ずっと我慢していると思います。
避難所での共同生活は、安らぐ事などなく、ただただ気を使うだけのようです。
お風呂にも入れず、着替えもできず、周りの人を気にして電話(会話)もできず、狭いスペースで静かに縮こまって過ごしているそうです。
悲しいよね。
この町に春は来るのかな…



















