初めてプロのピアニストの演奏を聴いたのは14才の時でした。
ピアノを習っていた友達に誘われて行きました。プログラムに一つも知っている曲はありませんでした。
私は当時、『あ〜、これをずっと最後列でお金を払って聴くのか…。どうしよう…。』なんて、な~んとなく思ってました。
ピアニストのチラシを見ると、《アジア人初のショパンコンクール第一位》《オールショパンプログラム》などの宣伝が書いてありましたが、当時の私には意味がわかりませんでした。
それから数ヶ月後、私は友達とお互いのお母さん達や妹たちも一緒に人生初の《こっちも初のプロの音を聴くのよね~!》ピアニストリサイタル、と言うものに行きました!

私達の席は最後列だから後ろは誰もいない、何だかこんな場所までピアノの音は聴こえるのかなぁ…?なんて思ったり、チラチラと別売りのプログラムを買って読んだりして、その瞬間を待っていました。
5分前に一度ベルがなった。会場は急に静かになり、私は息苦しささえ感じた気がした。  そう言えば最初の曲はなんて曲だっけ?と、わからないけど…(笑)一応確認した。そこには、『ショパン   舟歌Op.60』と書いてあった。私の頭は(???)歌詞はないのに、歌って…?
ん~!まずは聴いて見よう!  そんな事をしているうちに客席の照明が落ちていった。スポットライトに照らされたステージの上には黒く輝く美しい曲線美を持つ官能的なものがたった一つ、まるで恋人を待っているかのように静かに佇んでいた。
私は35年以上経った今でもその美しい光景を昨日の事のように思い出す。

誰かが拍手をすると私も拍手をしてステージに現れた待ち合わせの恋人を祝福した。
彼が椅子に座ると会場は息をするのもはばかれるほどの静けさに支配された。

そして、彼は左手を動かすと、恋人と一緒にゴンドラにのって行った。
私は彼が左手で弾いた最初のオクターブを聴いた時、《これがピアノの音何だ…。今まで友達やテレビや近所の先生が出していたのはピアノの音じゃないんだ…!》そして私は《私は本物のピアニストになるんだ!》っと、心に決めた。それが14才の夏の7月4日土曜日午後2時に私に直撃した人生を変える稲妻だった…•*¨*•.¸¸♪

しかし、私はピアノも持っていなく、習った事もなく…。両親は『音楽じゃあ生きて行けないよ!金ばかりかかって迷惑だからやめなさい!』と怒鳴られる日々…。

15才になるまでどんな風にしてピアノを始める事になったかはまた書くとして。

あの日雷に打たれたエネルギーを原動力に変えてかどうか…?リサイタルのあとまっすぐ楽屋へ直行した。
入口には警備の人が部外者を入れないように立っていた見たいだったけど…やっぱり今思うと若いって本当に素晴らしい!怖いもの知らず!(笑)
私は無言で楽屋への通路をスタスタと入ると流石に『今日は関係者以外お断りです。』・・・・と片方の腕を掴まれてしまった。私はにっこり笑って警備員に返事をした『はい、私は昔からの友人なので、お構いなく。では。』周りはポカンとしていたが、私はそのまま突き進んだ。あの音を出す彼の《手》が私はどうしても見たかった。ただただそれが知りたかっただけだった。

あの日から35年以上私達はたくさんの思い出を作って来た。

さぁ、次は私のピアノレッスンへの長い戦いが始まる。