本日、アニマックスで、東映アニメーションの創立60周年記念番組を長時間にわたって放送する。
私の世代には、東映アニメーションというより、「東映動画」といった方がピンとくるのだが、日本を代表する
アニメ制作会社の一つだ。
そこで、私なりに、私のストライクゾーンである70年代までを振り返ってみる。
1. 東映動画のルーツ
1945(昭和20)年、終戦後、政岡憲三らを中心とした新日本動画社が、創立された。翌1946(昭和21)に、同社は「日本漫画映画社」と改称し、1作目のアニメ映画「桜」を完成する。以降1951(昭和26)年まで、計12本のショートフィルムを製作、公開する。
一方、1947(昭和22)年には、政岡らは、「日本漫画映画社」から独立し、「日本動画社」を設立する。同社は、「すて猫とらちゃん」シリーズをはじめとするショートフィルム8本製作、1952(昭和27)年には、「日動映画社」と改称し、1956(昭和31)年まで、8本のショートフィルムを製作・公開する。
1955(昭和30)年、東映の教育映画部門が、「月のかんさつ」というショートフィルムを製作公開。同年10月に、東映は、「日動映画社」に委託の形で、「うかれバイオリン」というショートフィルムを公開。これが、縁で、東映が、「日動映画社」を吸収する形で、翌1956(昭和31)年、「東映動画」設立となる。
2. 1950~60年代の東映動画
1957(昭和32)年、東映教育映画部門が、ショートフィルム「こねこのらくがき」を製作、東映本社が、アメリカ大使館で、「ハヌマンの新しい冒険」を製作、1958(昭和33)年、東映教育映画部門が、蕗谷虹児の「夢見童子」を製作する。同年、いよいよ、東映動画の記念すべき、第一作「白蛇伝」が公開される。動画用語でいう所の「ライブアクション」すなわち、役者に実際に衣装を着せて演技させたものを絵にしていくという贅沢な手法で作られている。ヒロインの衣装を着て絵のモデルになったのは、当時ニューフェイスだった、佐久間良子。声優には、森繁久と宮城まり子が起用され、2人で、多くの登場人物を演じたという。後年、森繁うじは、「もののけ姫」(1997)で、乙事主・猪神役、「ドラえもん のび太と翼の勇者たち」(2001)で、鳥野博士役と、アニメの声優をしている。また、宮城は、1976年からTVアニメ「まんが世界昔ばなし」、1978年には、映画「おやゆび姫」虫のブンブー役で、アニメ声優をしている。
1960(昭和35)年には、手塚治虫が製作にかかわった「西遊記」が製作され、これが、手塚が、自らの虫プロで、アニメ制作をしていく、きっかけになる。
60年代の東映動画の映画アニメの特徴の一つは、声優が豪華なこと。例をあげると以下のよう。
59年の「少年猿飛佐助」では、真田幸村の声を中村喜津雄、おゆうを桜町弘子、おけいちゃんを松島トモ子、夜叉姫おもんを赤木春恵、山嵐の権九郎を吉田義夫が演じている。
61年の安寿と厨子王丸では、安寿を佐久間良子、厨子王丸を北大路欣也(ソフトバンの犬のお父さん)、母を山田五十鈴、山椒太夫を東野英治郎(初代黄門様)、次郎を平幹二朗が演じている。
63年の「わんわん忠臣蔵」でキラー役に西村晃(二代目黄門様)、65年のガリバーの宇宙旅行では、テッドに坂本九、王女に本間千代子といってアイドル。科学者たちとして、当時坂本九が所属していたパラダイスキングのメンバーも出ている。
66年および67年の「サイボーグ009」では、003にジュディ・オング、ヘレナに市原悦子(家政婦はみた)。67年「少年ジャックと魔法使いでは、ジャックおよびキキー役に中村メイコ、ネズミに黒柳徹子、グレンデルに山岡久乃。
また、1963(昭和38)年には、はじめてのTVアニメを手掛ける。第一作は「狼少年ケン」。主題歌のメロディーが、ロッテのフィッツのCMソング「かむんとフニャン」に使われた。また、TVアニメ「狼少年ケン」の
1話分をそのまま映画館で上映するにあったって、他の映画とセットで公開したのが、のちの「東映まんがまつり」につながった。
初期のTVアニメの特徴として、映画は、同社第一作の「白蛇伝」からカラーだったのに対し、モノクロだったこと。カラーになったのは、1966年にアメリカの会社と共同制作した「世界の王者キングコング大会」から。
1966(昭和41)年には、日本初の少女向けTVアニメ「魔法使いサリー」を放送開始、当初モノクロだったが、翌年の第18話よりカラーになった。
1969(昭和44)年、名物企画、「東映まんがまつり」を夏休み、冬休みなどの子供の長期休暇の時に、映画館でやるようになる。「長靴をはいた猫」で、現在まで東映アニメのマスコットキャラクターとなっている、ネコのペロが登場。石川進が声をつとめる。72年「ながくつ三銃士」、76年「80日間世界一周」と再登場したが、鈴木やすし、なべおさみと、そのたびに声が変わった。80年代のアニメブーム時に東映が展開したアニメショップ「アニメポリス・ペロ」でも店名・マスコットに起用された。
3. 1970年代
映画では、東映まんがまつりが、全盛の時代。構成は、放送中のTVアニメから三作品くらいをTVの1エピソードをブローアップ(映画サイズに引き伸ばし)たものと、オリジナルの中編アニメを1本といったところ。
少女向けTVアニメでは、魔女っ子路線として「ひみつのアッコちゃん」「魔法のマコちゃん」「魔法使いチャッピー」「ミラクル少女リミットちゃん」「キューティーハニー」「魔女っ子メグちゃん」などを続けて放送。
少年向けとしては、「マジンガーZ」「ゲッターロボ」「鋼鉄ジーグ」といった永井豪原作のロボットアニメが公開された。
1976(昭和51)年には、空前のヒット作の少女アニメ「キャンディ・キャンディ」が登場。少年向けとしては、松本零士原作の「惑星ロボ・ダンガードA」「銀河鉄道999」といったSFアニメがヒットした。
私の世代には、東映アニメーションというより、「東映動画」といった方がピンとくるのだが、日本を代表する
アニメ制作会社の一つだ。
そこで、私なりに、私のストライクゾーンである70年代までを振り返ってみる。
1. 東映動画のルーツ
1945(昭和20)年、終戦後、政岡憲三らを中心とした新日本動画社が、創立された。翌1946(昭和21)に、同社は「日本漫画映画社」と改称し、1作目のアニメ映画「桜」を完成する。以降1951(昭和26)年まで、計12本のショートフィルムを製作、公開する。
一方、1947(昭和22)年には、政岡らは、「日本漫画映画社」から独立し、「日本動画社」を設立する。同社は、「すて猫とらちゃん」シリーズをはじめとするショートフィルム8本製作、1952(昭和27)年には、「日動映画社」と改称し、1956(昭和31)年まで、8本のショートフィルムを製作・公開する。
1955(昭和30)年、東映の教育映画部門が、「月のかんさつ」というショートフィルムを製作公開。同年10月に、東映は、「日動映画社」に委託の形で、「うかれバイオリン」というショートフィルムを公開。これが、縁で、東映が、「日動映画社」を吸収する形で、翌1956(昭和31)年、「東映動画」設立となる。
2. 1950~60年代の東映動画
1957(昭和32)年、東映教育映画部門が、ショートフィルム「こねこのらくがき」を製作、東映本社が、アメリカ大使館で、「ハヌマンの新しい冒険」を製作、1958(昭和33)年、東映教育映画部門が、蕗谷虹児の「夢見童子」を製作する。同年、いよいよ、東映動画の記念すべき、第一作「白蛇伝」が公開される。動画用語でいう所の「ライブアクション」すなわち、役者に実際に衣装を着せて演技させたものを絵にしていくという贅沢な手法で作られている。ヒロインの衣装を着て絵のモデルになったのは、当時ニューフェイスだった、佐久間良子。声優には、森繁久と宮城まり子が起用され、2人で、多くの登場人物を演じたという。後年、森繁うじは、「もののけ姫」(1997)で、乙事主・猪神役、「ドラえもん のび太と翼の勇者たち」(2001)で、鳥野博士役と、アニメの声優をしている。また、宮城は、1976年からTVアニメ「まんが世界昔ばなし」、1978年には、映画「おやゆび姫」虫のブンブー役で、アニメ声優をしている。
1960(昭和35)年には、手塚治虫が製作にかかわった「西遊記」が製作され、これが、手塚が、自らの虫プロで、アニメ制作をしていく、きっかけになる。
60年代の東映動画の映画アニメの特徴の一つは、声優が豪華なこと。例をあげると以下のよう。
59年の「少年猿飛佐助」では、真田幸村の声を中村喜津雄、おゆうを桜町弘子、おけいちゃんを松島トモ子、夜叉姫おもんを赤木春恵、山嵐の権九郎を吉田義夫が演じている。
61年の安寿と厨子王丸では、安寿を佐久間良子、厨子王丸を北大路欣也(ソフトバンの犬のお父さん)、母を山田五十鈴、山椒太夫を東野英治郎(初代黄門様)、次郎を平幹二朗が演じている。
63年の「わんわん忠臣蔵」でキラー役に西村晃(二代目黄門様)、65年のガリバーの宇宙旅行では、テッドに坂本九、王女に本間千代子といってアイドル。科学者たちとして、当時坂本九が所属していたパラダイスキングのメンバーも出ている。
66年および67年の「サイボーグ009」では、003にジュディ・オング、ヘレナに市原悦子(家政婦はみた)。67年「少年ジャックと魔法使いでは、ジャックおよびキキー役に中村メイコ、ネズミに黒柳徹子、グレンデルに山岡久乃。
また、1963(昭和38)年には、はじめてのTVアニメを手掛ける。第一作は「狼少年ケン」。主題歌のメロディーが、ロッテのフィッツのCMソング「かむんとフニャン」に使われた。また、TVアニメ「狼少年ケン」の
1話分をそのまま映画館で上映するにあったって、他の映画とセットで公開したのが、のちの「東映まんがまつり」につながった。
初期のTVアニメの特徴として、映画は、同社第一作の「白蛇伝」からカラーだったのに対し、モノクロだったこと。カラーになったのは、1966年にアメリカの会社と共同制作した「世界の王者キングコング大会」から。
1966(昭和41)年には、日本初の少女向けTVアニメ「魔法使いサリー」を放送開始、当初モノクロだったが、翌年の第18話よりカラーになった。
1969(昭和44)年、名物企画、「東映まんがまつり」を夏休み、冬休みなどの子供の長期休暇の時に、映画館でやるようになる。「長靴をはいた猫」で、現在まで東映アニメのマスコットキャラクターとなっている、ネコのペロが登場。石川進が声をつとめる。72年「ながくつ三銃士」、76年「80日間世界一周」と再登場したが、鈴木やすし、なべおさみと、そのたびに声が変わった。80年代のアニメブーム時に東映が展開したアニメショップ「アニメポリス・ペロ」でも店名・マスコットに起用された。
3. 1970年代
映画では、東映まんがまつりが、全盛の時代。構成は、放送中のTVアニメから三作品くらいをTVの1エピソードをブローアップ(映画サイズに引き伸ばし)たものと、オリジナルの中編アニメを1本といったところ。
少女向けTVアニメでは、魔女っ子路線として「ひみつのアッコちゃん」「魔法のマコちゃん」「魔法使いチャッピー」「ミラクル少女リミットちゃん」「キューティーハニー」「魔女っ子メグちゃん」などを続けて放送。
少年向けとしては、「マジンガーZ」「ゲッターロボ」「鋼鉄ジーグ」といった永井豪原作のロボットアニメが公開された。
1976(昭和51)年には、空前のヒット作の少女アニメ「キャンディ・キャンディ」が登場。少年向けとしては、松本零士原作の「惑星ロボ・ダンガードA」「銀河鉄道999」といったSFアニメがヒットした。