こんにちは。お元気ですか?
ぺとすたです。

仕事休みで、今、いつものコメダ。

はろー! わたし、ぺとすたです!

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いやいやいや。コメダにいます。

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それで。
「写ルンです」を手に入れたものの、撮るものがないので、今さっき、恐怖の自撮りをしました。
スマホのカメラと写ルンですで、合わせ鏡みたくしてみた。

その、スマホカメラの方の写真が、この記事の、さっきの1枚目です。

これは、そういう流れの、暇に任せたブログ記事です。

何日か前、ほぼ日手帳の1日ページの下の方に書いてあった荒木経惟さんの言葉に触発され、せっかちではない、撮った瞬間、んん良い、と分かるようなフィルム写真が撮りたくなってみたものの、そもそも写真やカメラに興味がなくて、およそ20年前の女子高生時代の「写ルンです」にしか馴染みがなかったわたしは、Amazonで、39枚撮りを3個、ゲットしてました。

が、なかなかねぇ!
今のとこ、残り20枚だけど、これまで写した19枚は、どれもクソみたいな写真が入ってるはずです。

高校生の頃は、クラスメイトと写しあっていたものですが、今は、基本ボッチだしなぁ!

職場で若い子(20代)たちに写してもらった、ちょいとわたしが面白いアングルになってるはずのものも、見れず、ちっとも面白くないかもしれず。

早く現像したいな。カメラ屋さんに持っていくの、恥ずかしいレベルだけど。

ちなみに、職場の若者は、昔、撮り終えた写ルンですを与えられて、叩いてフラッシュ光らせて、遊んだことしかなかったんだって。
わたしが女子高生だった頃、幼児だったという……年月の恐ろしさよ。大きくなったねぇ。

あとは、小学生の甥っ子に、「撮る?」と渡したら、至近距離で、すっぴんのわたしに向けてフラッシュたいて写してきやがって、しかも、「(写真を)見せて」と、デジカメやスマホカメラと同じと思ってるとか。

そういう出来事は、ちょいと新鮮で面白いけど、そういう、クソみたいな写真しか入ってないからな。
現像代が、もったいないくらいだ。

どこか出かけて、風景とかを撮ればいいのかな。

今のとこ、あまりにもパーソナルな人物やモノの写真が多くて、ネットには公開出来ないけど、当たり障りない傑作が撮れたら、スキャナで読み込んで、公開しようかな。


おしまい。
ヾ(・ω・o)

はじめに 

こんばんは。お元気ですか?
ぺとすたです。
 
10日前から始めた、ほぼ日手帳1日ページの下の方のおことばの感想。
第11回は、堤大介さんのことばでした。
 
えいや!
 
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「ピクサーにいれば、心配事は、ほとんどありません。だからこそ」から始まる印刷の部分が、「ほぼ日手帳のおことば」と、わたしが呼んでいる部分です。
下の方に、抜粋元のURLもメモってみたよ。
 
 

10月22日。堤大介さんの言葉の感想 

わたしが手帳の余白にさっと書いてみたこと 

以下、枠内。
 
「ダム・キーパー」は、ふんわりした絵ということしか分からず、まだ観ていないので、観てみようと思った。短いようだけど。
 
なぜ、ピクサーを辞めた堤さんが、トンコ・ハウスで、そのような作品をつくるのか。
なぜ、そのような作品なのか。
 
安定ではなく、成長とワクワク感を選ばれたようだけど、普通は、やりたいことをしようと思ったら、予測がつかないと不安だと思うのだけどなぁ。
 
成長>やりたいこと、で、成長のために先の見えない恐怖のワクワク感が必要な人もいるのか。
 
 

即興感想から、さらに思ったこととか。

書いてしまってから、「成長>やりたいこと」、というわけはないはず、と、思い当たった。
 
わたしの場合は、やりたいことをするために、安定がなければ出来ないから、成長するためだと言って、安心感を捨てることが出来ない、というだけの話かも。
成長と、やりたいことは、別の話なのかな。
「>」で結ぶのは、変か。
 
やりたいことでプロだからか。うーん。
 
それはさておき、 才能があり、見せたいこと・伝えたいことがあり、努力をすることが出来る人にしか、そんなことは、出来ないと思う。
 
別次元の人だなぁ、と思って、とても面白かった。
 
わたしなんか、明日とかの予測がつかなければ、不安で不安で、ちびりそうだけど。
 

おわりに 

冒険家(?)って、何を考えているのかな。いや、冒険家じゃないけど。
 
しかしまぁ、絵のタッチと違う雰囲気の方だなぁ、と思ったよ。
恐怖のワクワク感を求める人だったなんて!
 
一瞬とか、変化の時だけでないと、身がもたないよ。わたしの普通では!
 
おしまい。
ヾ(・ω・o)

はじめに 

こんにちは。お元気ですか?
ぺとすたです。
 
9日前から始めた、ほぼ日手帳1日ページの下の方のおことばの感想。
第10回は、『言いまつがい』でした。
 
えいや!
 
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「今度結婚予定の妹。親族顔合わせで、」から始まる印刷の部分が、「ほぼ日手帳のおことば」と、わたしが呼んでいる部分です。
 
 

10月21日。ソムリエの妹の未来の旦那さんの言いまつがいの感想 

わたしが手帳の余白にさっと書いてみたこと 

以下、枠内。
 
4文字というところと、「リ」しかかすっていない、言いまつがい。
ソムリエのことをマラリアと言う、言いまつがい。
 
甥・兄が、「ボーナスっておいしいよね」と言い、一同、「は?」となったら、「ドーナツ」のことだったことならあるけど(当時3才)。
 
かっこいいマラリアの義理の弟さんは、親族顔合わせは、この後、爆笑だったのだろうか。
 
 
こんな感じ。
 
 

即興感想から、さらに思ったこととか。

言いまつがいのシチュエーションが、ちょっとは、かしこまってるかもしれない場で、ソムリエという職業をマラリアという病気で言いまつがいしてて、ちょっと、ハラハラ。
 
言いまつがいの感想を、書けば書くほど、無粋な気がするから、あれなんだけど、気持ち良い笑いが起きる関係性やシチュエーションと、そうではない場合(失笑とか)て、あるのかも。
両家とも、にやけちゃうご家族なら安心だけど、かっちりしたおうちだったら、怖いよ!
 
未来の義理の弟さん、親族顔合わせで、かなりぶち込んできたけど、あのとき、ああだったよ、って、折に触れ、話されるような、伝説には、きっとなるんだろうなぁ!
 
なお、うちの甥が3才の頃、「ドーナツ」を「ボーナス」と言いまつがいした件ですが……「ボーナスっておいしいよね」って、暗にドーナツをリクエストしてきたんだけど。
子どもだし、わたしがおばバカだから、無条件で可愛いのと、ボーナスという言葉をどこかで大人が言うのを聞いていたのと、たしかにボーナスはおいしいのと、打ち解けた家族団欒の場だったのと、あって、大爆笑でした。
 
 

おわりに 

以上、言いまつがいの感想でした。
 
ソムリエさんの妹さんと、言いまつがいした旦那さん、今はどうしてらっしゃるかな?
 
おしまい。
ヾ(・ω・o)
 

はじめに 

こんばんは。お元気ですか?
ぺとすたです。
 
8日前から始めた、ほぼ日手帳1日ページの下の方のおことばの感想。
第9回は、重松清さんの言葉でした。
 
トーベ・ヤンソンの人生を、ぼくたちはもう一度生きる。』という、森下圭子さんへのインタビューの中での発言だったみたいです。
 
えいや!
 
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「ムーミンパパってお父さんじゃなかったと思うんだよ。」から始まる印刷の部分が、「ほぼ日手帳のおことば」と、わたしが呼んでいる部分です。
下の方にURLもメモったし、手帳に掲載されてないカットされてた部分も、書き込んでみたよ。
 
 

10月20日 重松清さんの言葉の感想

わたしが手帳の余白にさっと書いてみたこと 

以下、枠内。
 
トーベ・ヤンソンについて、ムーミンの作者でフィンランドの人ということしか知らなかった。
あれ? スウェーデンの人か? スウェーデン語の人なのか。お父さんがスウェーデン語を話すフィンランド人、お母さんがスウェーデン人。という言語的な問題。女性であること。芸術家であること。戦争を体験したこと。
お父さんは、戦争を経て、反共になり、トーベはうまく行かず、お父さんといると吐いちゃうくらい思い詰めたらしい。男の子を生みたくないから子供を生むのがいやとか、戦争の男たちがいやで。
ムーミンパパのキャラクターが、「昔はああだったんだよ」と言うだけだったのは覚えてなかったけど、ムーミンも年を取らなかった気がするし。作者の背景が文学に影響するのかな。
 
私はリトル・ミイのマグカップを使っているけど、何も知らなかった。
 
 
こんな感じ。
 

即興感想から、さらに思ったこととか。

トーベ・ヤンソンの時代や場所の、「いわゆる父性的なもの」が、何かという、イメージさえも、わたしには掴めないけれども、男の人が強いくらいの意味で捉えただけでも、ムーミンの世界では、その逆で、女の子の方がキャラが立っているのは、なんとなく分かる。
子どもの頃に、少しアニメを見たり、オレンジの背表紙の本(?)を読んだりしただけで、熱心なムーミンファンじゃないんだけれども。
 
北欧のあそこらへんの国、ということしか、思っていなかったけど、言語の問題や、大戦が起きていたこと、まだ、男尊女卑だったこと、さらに、トーベが芸術家であったことなど、たくさん、抑えられた、というと、語弊があるかもしれないけれど、そういう思いがあった人から、あのムーミンは生まれたのかな。
 
男の子は、兵士になるかもしれない、お父さんになるかもしれない。
なのに、なぜ、ムーミンは、男の子なのだろうか。
 
 

おわりに 

ちょっと、今回(も)、よく分からないことが多くて、具体的なことが、一切書けないんだけれども、ムーミン、読み返してみたいなぁ、と思います。
 
いや、わたしは、ちびのミイちゃんのビジュアル、とりわけ眉間が好きなので、ミイちゃんの発言を主に、読み返してみたいんだけれどね。
ちょっとは、ムーミンパパのことも、考えながら、読んでみようかな。
 
わたしのマグカップはこれ☆
 
 
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おしまい。
ヾ(・ω・o)

はじめに 

こんばんは。お元気ですか?
ぺとすたです。
 
7日前から始めた、ほぼ日手帳1日ページの下の方のおことばの感想。
第8回は、白川密成さんの言葉でした。
 
今回は、どのような文脈の中で発せられた言葉か、とても気になって、ほぼ日のコンテンツを読みにいきました。
毎回、行けよ、なので、今度から、そうします。
だけど、そうすると、感想というより、メモになるかも☆
 
まあ、いいや。
えいや!
 
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「出来る限り素直に」から始まる印刷の部分が、「ほぼ日手帳のおことば」と、わたしが呼んでいる部分です。
印刷の下にメモったURLが、抜粋元の、白川さん(ミッセイさん)の話。
 

10月19日 白川密成さんの言葉の感想 

わたしが手帳の余白にさっと書いてみたこと 

今回は、感想じゃなくて、メモでしたが……
 
以下、枠内 
 
「ボクは坊さん。」(2015 映画化も。本は2010)の白川密成さん。テーマは、どんな風に“自分の場所”を作ってきたか、など。
この言葉の前の部分は、こうだ。
「お坊さんという役割の中で、僕なりに今まで、『自分の場所』を作ろうとしてきたことは、最初にも触れた、『まっさらから自分の頭で考えようとすること』と、『ここにいる人。ここという場所。』がどういう場所なのか必死に耳をすますこと、正反対にも見えるような、そのふたつを混ぜ合わすことで、少しずつ作ってきたし、これからもそうしたいなと思います。」
 
伝統的で変わったお仕事だけれど、人の生死に立ちあう時だけのみならず、自分の場所を作るような時にも、「こなす」のではなく、まっさらから自分の頭で考え、「ここ」に耳をすます。そして、自分の気持ちを聞く。
 
 
こんな感じ。
書き足りなかったw
 
 

即興感想(今回はメモ)から、さらに思ったこととか。

実は、わたしは、お寺で働いてたことがある。事務方として。某本山の寺院で。
だから、いろんなお坊さんと働いてたのです。
 
ほぼ日のコンテンツには、お坊さんという役割の中で、自分の場所を作るということと、ミッセイさんの経緯などが、書かれていた。
 
同年輩のお兄ちゃんの坊さんたちと同僚だった二十代を過ごしたわたしにとって、その、お兄ちゃん坊さんたちが、どういう風にお坊さんとして、自分の場所というか役割を担うことを考えて、どのような心持ちで、日々の仏事をしていたかは、尋ねるようなことではないから、たぶん、分からないままなんだけれど。
お兄ちゃん坊さんたちも、人間だから、疲れちゃって、思考停止になって、楽しくなくて、へろへろの日もあっただろうし。というか、そういう日は、あったと思う。そう見えたことがある。ハードだったし。
 
だけど、お兄ちゃん坊さんたちは、人々の心の安心、拠り所となるような場所を作ろう、人になろうと、お勤めや法話をするために、いろいろ勉強したり、だいたい、ピッとしていたかな。
こなすことも出来るのかもしれないけど、大勢は、そうはしてなかったかも。
 
でも、たぶん、ここにいる人やここという場所については、クリアだったと思うけれど、まっさらから自分の頭で考える、というのが、難しいのかも、と思った。
 
ちなみに、わたしは僧侶ではないし、うちは神道で、無宗教とは言わないけど、神様や仏様、人智を超えた存在は、居るとは思うんだけど、仏教の輪廻から外れて安らかな身になるための方法も、お釈迦様が、いろんなタイプの人向けに説いたのも、良いんだけど、それを、ありがたいと、ただひたすら信じて何かしていく気にはなれなかったので、だんだんと、しんどかったです。楽しくなかった。
煩悩の固まりなので。
 
なんていうか、宗教て、信じないといけないから、しんどいな。
 
だってさ、普段、神様でなくて、普通の人間と話しているときに、「あなたを信じてる」とか言うと、その意味するところは、「信じてるんだから、裏切ったら許さない」みたいな意味じゃない?
裏切られても構わない、と、思えないと、何かを信じてみる気になんか、わたしは、なれないや。
 
 

おわりに 

以上、今日の感想でした。
「ボクは坊さん。」、映画の方を、観てみようかな。レンタルして。
 
おしまい。
ヾ(・ω・o)