古代中国神話の時代に、伏羲と女媧は

 三皇帝の一人と数えられております。

易経【易・八卦】の創始者伏羲「ふっき」『ふぎ』

古代中国の神話時代に、雷帝の怒りで黄河の氾濫がおこりました。伏羲と女媧は瓢箪の中に入って、流れついて

生き延びたと謂れています。

【伏羲フギと女媧ジョカ】

人類最初の創造神と謂れていて、二人神は蛇身人首で

伏羲は手に「曲尺」かねじゃくを持ち、女媧は「コンパス」規を手に持つ姿で描かれています。

天円地方の宇宙を設計し、人類史を繋ぐ婚姻制度を確立しました。

『書物から一部抜粋』


【伏羲・八卦】河図の発案神。

紀元前2943年《諸説あり》

洪水から生き延びたある日、女媧と伏羲の前にある日、黄河流域から二人の目の前に、突然白い龍馬が天帝の

贈与して現れました。

その龍馬の背腹には象徴的な紋様が刻まれていました。

その紋様は垂直線と水平線で表される中心から外側へ

時計回りに万物の根源を元素を互い違いに生み出し,

偶数と奇数が並んでいる様子が霊界【先天】

を現していて、天地が生じる前の氣を表しています。

この紋様が後に《河図》かと、と呼ばれます。

龍馬紋様から伏羲は、天帝の冥応(みょうおう)を授かり【易・八卦・先天を創作しました。】


🛎️ 紀元前2100年〜紀元前1600年「諸説あり」

古代中国最初王朝、帝舜から禅譲されて、夏王朝を創始しました。、夏王朝初代(天子禹王)は、宮殿の中に殆ど入らず、宮殿の中庭で寝泊まりしていました。

いつでも体制を整えられるように。「諸説あり」

いつもの様に禹王は、宮殿から黄河の治水工事に向かう途中の洛水から天上帝からの授かりものとして、神亀が出現しました。神亀の甲羅に刻まれていた,紋様は(生氣・殺気)の流れを示していました。

(天地が生じた後の宇宙を表していました。)


中国哲学には、三才『さんざい』天・地・人・天には

天に存在するものがあり、大地には大地に存在するものがある。そして天と地の間には人間が存在しています。天と地の間に、生命エネルギー、精神面のエネルギー、宇宙エネルギー、万物を構成する要素等、などの【氣】

の存在。

宇宙のすべてのものに流れているエネルギーで、万物が氣によって生み出され存在し変化すると考えられています。

この世に存在するすべてを万物と表現します。


象『形』易経=象意、目に見えるもの、見えないもの。形あるもの、形ないもの、形而上学的側面や背景など、

数字では、九宮とも呼ばれ数秘術の基盤となり、

北斗九星の星々、八卦・遁甲・堪興かんよう(風水)

奇門遁甲・九星氣学等、等に関連する易経の各宮の性質や象意に割り与えられています。




🛎️ 更に禹王は天上帝から【大地の大法・洪範九疇】(こうはんきゅうちゅう)を授けられました。

(洪)広い流域・領域・範囲・大いなる。   

(範)畝は田畑の区切りの領域。

    (九疇の内容一部)


 🛎️   【五行・五常・五事・陰陽思想】

五常又は五徳、儒教の規範、文王の説卦伝《人の守べき恒常不変の真理を表しています、》

歴史の中での東周時代迄、五行〜五常の配当は、木→火→水→金→土は古代中国隋の時代に、書かれた書物

五行大義(五行説に関する古今の集大成)日本にのみ残った貴重な文献で、佚存書と謂れてます。

「wiki一部抜粋」

紀元前2100年夏〜殷・周・〜紀元前770年、秋が都を洛邑(洛陽)へ移してから、紀元前221年に秦が中国を

統一するまでの時代。《東周時代》の五行説は、

木、火,水、金,土 の順序。「諸説あり」

木には地上で知ると言う性質。(仁)配当

火は闇を消し去り、明るく照らす性質。(禮)配当

水には潤い流通する性質(智)配当

金には硬くて剛く鋭利な性質。(義)配当

土には万物を保って(維持して)地中に含み入れる性質。

(信)配当

  


この↓の五行説の元素の順番は現在盤で記しました。

《相生・お互い助け合い・陽の要素》

《相剋・抑制し合い・ながら万物・密接に関わっていく。陰の要素》


🛎️ 《五行・木》【五常=『仁』五常の本質(側隠、他人を思う心、思いやり・慈悲・優しさを持ち接する。】

【五常の精神的思考の働き(博施、広くほどこす様子。)】

《五事・貌=(容儀)》穆穆(ボクボク)威儀、作法に

則った立ち振る舞いと威厳のある挙動。盛んな様子を指します。易経では、震(シン)を指します。思考・作法

行動、の象意です。


《五行・火》【五常=『禮』五常の本質(分別、けじめをつけること。目上を敬う・ 儀礼や作法・先祖、両親への感謝の気持ち】

【五常の精神思考の働き(践法、正しい道を実践する様子)】

《五事・視=(視ること)易経では、離(リ)を指しているので、目を象って明が象意になります。人を知り、

人を見極めなければならない様子。相手や自分の視が雲ってくると、ものを視るものを曇ってくると人を見極められない。》


《五行・土》【五常=『信』五常の本質(不欺、欺かないこと。忠実である事・信じる心を持つ・信念・動じない心の気持ち】

【五常の精神思考の働き(附実、誠実であろうと努める様子)】

《五事・思=(思慮)》思とは心なり、土は四行に繋がっていて、季節・方位にしても中宮に座して土を司る為

土の如く全てを内に含む性質を兼ね備えている、思心を得る(容)入れる、聖とも言う。『知徳に優れて、尊敬される人。

易経では、坤(コン)を指しているので、『凶作用では、坤宮の先天図が(風)なので、思心を犯せば風の害が作用します。』


《五行・金》【五常=『義』五常の本質(合義『宣』

道理に合うこと。打算や損得のない人として道理に従う正しい道を指す気持ち】

【五常の精神思考の働き(裁断、是非善悪を取り裁くことの様子)】 

《五事・言=(言葉)》易経では、言のことを兌(ダ)

を指しています。兌は口に出してものを言う事を意味してます。》

《君主たる者人々の思いを汲み取り、それを言葉に発することで、人々を動かすことができる。

現代ふうの言い方をしますと、言葉掛けによって内発的に動機付けを育む手法の一つでもあります。》


《五行・水》【五常=『智』五常の本質(了智、悟り知ること。物事の道理・知識・知恵を持って正しい判断を下す気持ち】     

【五常の精神思考の働き(明叡、道理に明るく聡明な様子)】

《五事・聴=(聴くこと)易経では、耳のことを坎(カン)話し手は五事の聴を身につける。》

《聴き手が五事の聴を身につければ、話し手『相手』の

意見を聴くと同時に、否、それ以上に自分の意見を広めることができる。》

【五常&五経の書物】

(五常=五経)易経・書経・詩経・礼記・春秋・楽経を加えた。

(仁=易経)書経の一篇に組する洪範。

書経の一篇に後世に付け加えられた部分あり。

書経=尚書でもあり、

(礼=礼記)(義=春秋左氏伝)(智=詩経)(信=書経・尚書)

儒学は漢時代には官学として役人が学ばなければならない学問として扱われていました。時代の移り変わりで、やがて四書中心の儒学に移行することになります。

宋の時世になると,朱子学の祖【朱熹】朱子学の影響で、の過去の儒教の編纂をし、五経から四書へと大きく転換を迎えます。


🛎️ 洪範九疇の文献・書物は殷王朝第29代帝乙『ていいつ』の弟で箕子「きし」が周王朝初代、武王に言及で継なぐ形で河図洛書を伝えたと謂れております。

洪範九疇の書物の中には,王朝の君主は陰陽五行説・

五常・五事を紀律に基づいて,行動し天下を治めたと説かれております。

西周王朝初代、文王は、説卦伝にある、伝説によりますと、【乾父・坤母・震長男・巽長女・坎中男・離中女・ 艮小男・兌少女】の順序を人々に、倫理観、道徳観を

示す為に(文王八卦)として、これに基づいて卦を配置したと謂れております。


🛎️ 伏羲の先天図・禹王の後天図、

後天図は、もともと従来から配当されている説卦伝の

ものですが先天図の書図は伏羲の天地自然に象って、

八卦を編み出した方位や次序によって《皇極経世書》

(こうごくけいせいしょ)を著作した、北宋の儒学者

《邵雍》しょうようの執筆と謂れています。

《邵雍》しょうよう1012年1月11日〜1077年7月27日