子供の頃、土曜日の夕方、親父が何かアイスとか美味しい物買ってこいって言うと札入れから1000円出てくる、子供には1000円って大金
そこそこ大きくなった頃、親父が仕事帰りススキノに行って帰って来て玄関まで出迎えるとタクシー代のお釣の小銭全部くれた「お母さんに内緒な」って。
親戚や知人で集まっていてもどこでもササッと一万円札出している
何てカッコいい財布なんだ!って子供心に思った。あんな財布をいつか持ちたい!
対してうちの母親は凄いケチでさ、何にも買ってくれないし冷蔵庫開けるといつも見切り品の野菜がいっぱい入ってた、親父があちこちでお金出していると外にばっかり金使って!って怒ってた。うちそんなにお金ないのか、っていつも思ってた
そのうち私も反抗期になり、高校生になるとバンド活動やライブ見に行ったりするお金欲しい、でもどうせお小遣いなんか姉ちゃんにはいっぱいあげてるのに私にはくれないだろうし、自分でバイト探してお金作った。月2~3万は自由に使えた、高校生が遊ぶにはじゅうぶんな額、こうなると家には近寄らず外ばかり、親のしてくれた事なんか全然知らない。高校の授業料とか大学の学費なんかさ
その後数々の愚行を仕出かすもここは省略(笑)
今子供の反抗期に凄く悩んでいますが、同じ頃の自分を思い出せば一番わかる。自分自身こそが反抗期の参考書(笑)
そんなこんなで時は経ち、結婚した時にやっと認めてくれたのか、母がまとまったお金をくれた、お祝い金、以前書いたかもしれませんが、シャチョーさんの借金発覚でマイナススタートの私達でしたのでw単純に有り難く。
そして子供を持った辺りから物凄い金払いが良くなる母。孫が出来て嬉しいんだろう、それだけの事かと思ってた。親父は知ってるのかどうなのか
今思うと、大学に当たり前に行けて、結婚式も何困らず行えて親戚一同招待して。何かあるごとにお祝い金くれて。私が無知過ぎてたんだろうけど、公務員、警察官何十年、最後の役職は警察署長もやってるんです、貧乏な訳ないんです
母が死んで、あちこちの口座にそこそこの金額が残っていた、親父も「こんなに貯めてくれてたんだ」って
元々たいした仲のいい夫婦じゃなかったので、死んだあとはたいした実感ないのか、仏壇は余り視界に入らない場所に置いていた。同級生と会ったり普通に自炊楽しんでいたりしていたけど
昨年死ぬか生きるかで倒れて奇跡的に助かった後は急に生かされた事に感謝したのか、仏壇をリヴィングに移動した。三途の川で母に「こっち来るな!」って追い帰されたんじゃないか(笑)
そこからはもう家族の為にお金使うようになってきたね、決して大盤振る舞いはしないが、毎週買い物付き合っては食材世話になってる。野菜も新鮮なのどんどん買って子供に食わせろ!って。
でもさ、自分の野菜は見切り品なんだよ。うちの母さんしてた事を今になって同じことしている。ケチだった訳じゃない、節約して工夫してくれてたんだ
毎週火曜はシャチョーさんと実家に行く日、昨日もベランダの窓拭きしてやって網戸も掃除、そのあと買い物付き合って、ご飯食べて。婿にはビール3本も飲ませて高いウイスキー買って持たせているのに自分は「これが安上がりなんだ」って水道水凍らせた水を飲んでいる。そして帰る頃封筒渡された
自分は年金出てるから、コロナも落ち着いたしこれで家族で美味い物でも食えって
以前と変わらぬカッコいい財布であるが、40年前のヤンチャな財布とは違う、家族思いの財布に変わっている
口の悪い私は10年前だったら「こんなんいいって!葬式代として取っとくわ!」ってブラックジョークなお礼を言ってたもんだが、さすがにもう冗談でも言えないな
この先の余生、私も親を送り出し姉を送り出し、子供らと孫を祝う
私も本当の意味でのカッコいい財布を持つと誓う
コロナ被害で口座残高もみるみる減っているのでそんなカッコいいセリフ吐いていいのも何年後かって感じですがw今以上に節約しないとな(笑)末っ子だってやれば出来る!(笑)