私はずっと鬱病だった。
ずっと深刻なのではなく上下の波があった。
30代前半までは若さもあってわたしは元気だった。
表面的に重症化する事はなかった。
ただ、水面化のうつ病は刻々と進行しており、そのため、わたしは破滅的な行動をよくした。
乱れた性生活、薬物中毒など依存症的な行動を繰り返していた。
自分では躁うつ病だと思っていた。

わたしは精神科が死ぬほど嫌いだった。
精神科に強制的に入所させられた以外は、自らの意思で受診する事はなかった。
強制的に入所させられたせいで、精神病院恐怖症にもなっていたのだ。
精神科医たちはわたしに死にたいか?と確認して、死にたいと答えるとわたしを拘束した。
なぜ死にたいか、なぜ希死念慮を抱いているのか、その原因を探ろうとするよりも、私を拘束して死なせないようにするのだった。
落ち着いて、今考えると、確かに精神科医の行動としては間違っていない。
けれど、その頃の私は大いに傷ついた。
『誰も私を分かろうとしない。ただ仕事的にわたしを生かして、自分たちの任務を遂行してお給料をもらいたいだけだ』
そう強く心に刻み込まれてしまったおかげで、どんなにまずい状況でも、私は精神科受診と言う選択を持たなかった。


うつ病が表面化したのは2015年あたりだった。
前にもブログに書いたと思うけれども、この頃、私は膨大な仕事と責任に押しつぶされそうな生活を送っていた。
激しいストレスとゆっくり休む時間がないこと、そして仕事の重圧、職場の人間関係なども私は全てに疲れきっていた。
朝目が覚めると「また目が覚めてしまった。なんで死んでないんだろう?」と、眠りから目覚めることすら呪った。寝てる間に呼吸が止まって心臓が止まって死ぬことを強く願っていた。
自分の状態が今までと違うということに気がついていた。

けれど、相変わらず精神科に行くという選択肢は一切なかった。
自分の精神病など気合で治せるとすらと思っていた。目を見開き、とにかく歩かなきゃと前ばかりを見ていた。

私をお客としか思っていない精神科医にこの苦しさを打ち明けるくらいなら、その前に死のうと思っていた。

今考えると、よく生きていたもんだと思う。