今日は。
ワールドカップのサッカーのあと、これからは野球のシーズンですね。
甲子園で、高校生たちはどんな熱い戦いを僕たちに見せてくれるのか楽しみです。
さて、火曜日のKaitoからは、現代版でありましたが、懐かしい「サイボーグ009」の話がありました。
今日は、同じ頃のアニメ「海のトリトン」のエンディング曲を歌っていた、「かぐや姫」を、紹介します。
それから、Kiatoから説明するようにふられた009の「ジョーとジェットが流れ星となって落ちていくシーン」ですが、僕も記憶にはありますが、どのシーンだったか思い出せません。
今度調べてみましょう。
<かぐや姫>
「かぐや姫」も高校生の時に、当時の僕のギターの師匠とその仲間、つまり仲間から感化されたグループです。
男仲間にはかぐや姫の信奉者が多くいたように思います。
かぐや姫は第一期と第二期があり、僕が聞いたのは第二期からです。
第一期と二期ではこうせつ以外のメンバーが違います。
第一期では「酔いどれかぐや姫」(作詞 阿久 悠、作曲南高節)なんて、フォークなんだか歌謡曲なんだかわからない曲もありました。
第二期のかぐや姫はこうせつ(南こうせつ)と正やん(伊勢正三)のギターとパンダ(山田パンダ)のウッドベースの三人のコーラスというベーシックなバンドです。
「あの人の手紙」(伊勢正三作詞、南こうせつ作曲))や「うちのお父さん」「ひとりきり」「僕の胸でおやすみ」「好きだった人」「おもかげ色の空」「星降る夜」などが好きな曲がたくさんありました。
また、「加茂の流れ」のような日本調の曲も好きでした。
反戦のメッセージを含む「あの人の手紙」、家族を歌った「うちのおとうさん」、日常を歌った「ひとりきり」や恋人に向けた歌「僕の胸でおやすみ」など多くのテーマの歌をかぐや姫のアルバムには散りばめられていました。
僕はどちらかと言えば、他のグループにはない家族を歌った作品や日常を歌った作品が好きだったかもしれません。
「うちのお父さん」 (南こうせつ 作詞作曲)
汗をかいたのでひとやすみ
マキ割は疲れますね お父さん
もうすぐ日が暮れる カラスが飛んでゆく
一番星光るまで もうひとがんばり
「ひとりきり」 (南こうせつ 作詞・作曲)
鳥がないて 川が流れて
野山は今 花が咲き乱れ
汽車はゆくよ 煙はいて
トンネル越えれば竹中だ
こんな楽しい夢の様な
こんな素敵なところは
もう今はない もう今はない
もう今はない 今はない ひとりきり
どのアルバムから聴きだしたのか定かでないのですが、、愛聴盤は割とシンプルな「かぐや姫LIVE]でした。
その中で何故か、かぐや姫のメンバーの作ではないですが、 「海」と言う曲が忘れられません。
「海」 (作詞(水谷みゆき 作曲;神山 純)
あなたとふたりでみつめていたいの
青く青く澄んだこの海
大きな波がよせてきた時に
あなたにすがりつきたいの
白い白い波が砂に消えるとき
私の恋も消えてしまうの
でも今はなにもいわずにあなたと
みつめていたいこの海
こうせつは伊勢の高校の先輩で、初期は詩を伊勢が、曲をこうせつが担当していました。
もちろん二人単独の作品も多い。
こうせつに叱咤され、こうせつより年上のパンダも曲を作っていました。
でも、案外パンダも「僕の胸でおやすみ」」や 「黄色い船」などいい曲を書いています。
「僕の胸でおやすみ」はこうせつが歌っていますが、パンダの曲です。
割と多くの人が誤解しているようで、NHKのある番組にこうせつと一緒に出演した加山雄三が、「君の曲の中で、『僕の胸でおやすみ』がすきだ」と言っていた。
その時、こうせつは「これはパンダの曲ですよ」とは言わず、黙っていたけど、この時の、こうせつの心の中はどうだったでしょう。
伊勢の書く「二十二歳の別れ」や「なごり雪」のラブソングもいい曲だし伊勢独特の雰囲気を持っています。
両曲ともかぐや姫として発表していますが、後からカバーされた「風」や「イルカ」の作品のとしてのイメージが強い気がします。
この三人組、やはりこうせつのイメージが強いのか、僕にとっては、「うちのおとうさん」のようにほんわかしたサウンドをイメージします。
同時期の同じ三人組の「ガロ」とはだいぶ印象がちがいます。
ガロのヒット曲 「学生街の喫茶店」 は歌謡曲ぽかったので少し違いますが、本来はCS&N(クロスビー・スティル&ナッシュ)を意識したコーラスを得意としていてかっこいいグループでした。
彼らからコーラスワークを勉強したと後で、こうせつも語っています。
かぐや姫は、元々は、オーソドックスなハーモニーでした。
でも多くの人がかぐや姫から連想するのは「神田川」だと思います。
説明するまでもなく、「神田川」は73年の大ヒットシングル。
かぐや姫を一気にメジャーにのしあげた曲です。
ただ、ユーミンがこの曲を「四畳半フォーク」と揶揄していました。
ある意味「神田川」はかぐや姫の代表作であって、かぐや姫のイメージからは遠いところにあるとも思います。
「神田川」は喜多條 忠 の詩に数時間で作曲したとこうせつが語っていました。
いい曲は、あまり こねくりまわさず、すなおにつくるのがいいのかもしれません。
シングルが出た頃はヒットはしましたが、あまりかぐや姫ポくなくて、あまり僕は好きではありませでした。
歌謡曲ぽかったからです。
あの最初のバイオリンがいけなかったのでしょうか。
この後、同じような曲調の 「赤ちょうちん」(74) 「妹よ」(74)と立て続けにヒットシングルが続きました。
いい曲だし、いい歌だけと、かぐや姫らしいかというと少しちがうように当時感じていました。
今はさすがに大人になったのか、多くのテーマをあつかう「かぐや姫」の一つのの作品と考えられるようになりましが。
でも、この三曲は、やっぱりフォークではなく、歌謡曲のように思います。
フォークと歌謡曲で何か違うのかうまく説明できませんが。
かぐや姫は、作品的に、こうせつの曲を中心に、伊勢とこうせつのコンビ曲 伊勢作詞作曲の単独作品 パンダの単独作品とバラエティに富んでいます。
作品がバラエティに富んでいるのがかぐや姫の特徴だったのかもしれなません。
同時代で、こんなに優秀なソングライターが三人もいたグループが他にあったでしょうか。
二人のグループはオフコースやアリス(三人のグループだけと、ドラムの矢沢の曲はあまり知らない)などありますが、三人いるグループを日本では僕は他に知りません。
かぐや姫は71年に二期の活動が開始し、75年に解散しています。
その間に、三人の作品に対する考え方が変わっていったために解散したのでしょうか。
三人の方向性がまとめられないようになったのかとも考えました。
でも、最後のスタジオ録音のアルバム「三階建ての詩」では意図的に三人は一人一人で作品を作っていたとも聞きました。
今考えると、これは、グループとしてではなく、一人立ちするための準備だったのかもしれません。
解散当時、なんで解散するのか僕はわからなかったけど、分かれるべくして分かれたのかもしれません。
そうなると人気絶頂時に解散したのもうなづけます。