2019年3月
上野駅のパンダの前で父親と待ち合わせをして、さくらを見に行く予定でした。
待ち合わせ場所に来ないので電話をしましたが、場所を間違えて来れないとのこと、
ここからが病気の始まりでした。
2019年5月
家にいても一日中座っていたり、テレビを見なくなったり、いつもと変化がみられる様になる。
2019年6月
M病院にて長谷川式認知症簡易評価にて認知症と判断
脳の状態を見るために、CTを撮った結果、腫瘍が見つかりました。
大きな病院で診断した方が良いとのことで、S病院にて検査入院
MRIにて腫瘍の詳しい画像を撮った結果、当院では腫瘍を取ることが出来ないとのことで、N大学病院に行くことを進められる。
(S病院での3日間の検査入院の期間で、拘束されたり、鎮静剤を飲まされたりで、父親の状態がとても悪い状態のなり、要介護認定で5が認定されました。その後も、転院手続きがされていなかったり、診断が出来なかったりと散々でした。)
2019年7月
N大学病院に行きましたが、S病院から連絡が来ていないとのことで、状況を説明して何とか診察していただけることになる。
N大学病院では最初、腫瘍を切ることを進められましたが、血管が切れたりするリスクが大きいと説明をされ、まずは8月に腫瘍の組織を取り腫瘍が何かを判断することを選択しました。
(入院をする8月までの自宅待機での数週間で、脳腫瘍の進行は早く、トイレが上手に出来ない、夜眠れない、徘徊をする、最後は寝たきりの状態にまで進行してしまいました。)
2019年8月
脳の腫瘍の組織を取る手術のため、N大学病院に入院。
無事に終わり、脳の悪性リンパ腫と診断されました。
腎臓が悪いため抗がん薬の使用はできず、放射線で腫瘍を消すことになりました。
2019年9月
放射線治療の一月半ほどの期間で、部分照射、全照射をして、無事に腫瘍を消すことができました。
この後も認知度の低下は戻らず、家族や知り合いのことは覚えていますが、昨日のことは覚えていませんし、どこにいるのかの記憶が確かではありません。
そして食事を全く取らなくなったため、胃瘻でも口から食べることができる様になれば塞げるとのことで、胃瘻を作ることになりました。
2019年11月
治療も終わり、Kリハビリ病院に転院
認知度は変わりませんが、体は丈夫です。
潰瘍性大腸炎を持っていますので、トイレの回数が多く、看護師さんも大変だと思います。
Kリハビリ病院には、とても、感謝をしています。
父親は、今、リハビリを頑張っています。