weidenのブログ

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日々の忙しさにかまけていたら、6月も半ばに入りかけていた。寒い季節、天候がよろしくない時は、ともかく病気にならないことが最優先課題になる。注意やエネルギーの多くを体調維持にそそぐせいだろうか。生きる楽しみも幾分減るような気がする。温暖な風土で育ったやわな人間にとって、冬が長くて、寒暖の差の激しい土地での生活はなかなかハードである。しかし、いくら何でもそろそろ暖かくなるだろうと思うのだが、いかがなものだろう。1ヶ月前に植えたナスやシソの種、どうなったかとやきもきしていたが、太陽が顔を出して少し暖かくなったら、いそいそと芽を出して来た。ぜひその調子でがんばってほしい。アサガオの種も植えたはずなのだが、そちらの方はどうやら行方不明のままである。残念。
ところで、クスの木が、菩提樹の親戚だと昨日偶然知った。大学時代、図書館の前庭にクスの大木があって、この時期に花を咲かせていたような気がする。よい香りだったというより、ちょっと甘ったるい重い匂いだったような気がするのだが、今となっては確かめようがない。随分かいでいない香りといえば、キンモクセイや沈丁花もそう。それから最初の大家さんの垣根に咲き誇っていたバラ。大家さん亡き今、どうなっているだろう。今はバラの季節である。

まるで冬に舞い戻ったかと思った週末だが、今朝はふたたび雲ひとつない青空。ひさしぶりの日差しが目にまぶしい。暦でも寒の戻りだったようだ。昔の人の智恵はあなどれない。そんな週末に祖母がとうとう逝った。100の大台を超えて5年与えられた命の最後の一滴まで生き抜いた。本当にすごいと思う。娘に伝えたら、「かなしくて泣くことしかできない」と言って泣いていた。祖母のために泣いてくれてありがとう。慈愛に満ちた祖母とは言いがたい人だったが、祖母が手ほどきしてくれたものが今でも役立っている。何はともあれ、ありがとうと言いたい。一週間ほど前に、神様から天国行きのきっぷを約束されたと母に言っていたそうだ。安心して旅立ったのだろうか。
トチノキを知っていますか。トチノキが校章の学校に通っていた私だが、実物を目にしたのはもっと後のこと。大学のゼミ室から見える大木がトチノキだと知ったのはいつのことだったろうか。それは西洋トチノキと言われる種類で、新緑の頃になるとクリーム色や赤の花をたんまり咲かせる。白い花の場合、無数のろうそくをつけたクリスマスツリーのような風体になる。若葉も、最初は赤ちゃんの手のようなのが、日増しに大きくなり、最後はてんぐのうちわのようにふてぶてしくなる。街路樹として見かけることの多い木だが、秋になるとクリによく似た実がたくさんなる。子供が幼い頃、帰り道で拾っては持ち帰ってくれたこの実、残念ながら食べられない。いや、食べられないことはないらしいが、それまでの手順がおそろしく大変そうだ。そういう訳でおままごとや工作の材料として重宝するくらいである。実はご近所に、食用のクリの木が生えている。ただ、気候のせいだろうか、まるまるした栗にはならず、初秋になると、青々したイガごと、ぼとりぼとり落ちてくる。その頃は栗拾いのおばさんがいたりしてなかなか楽しい。父曰く、家の庭に大人がやっとひとかかえできるような栗の大樹が何本かあり、秋になると栗を盗みに近所のこどもがやってきたそうだ。そんな幼い頃へのノスタルジーだろうか、孫のためにと実のなる木を好んで庭に植えた父である。父が選んだのは、さくらんぼやリンゴなど。やたら大きくなる割には実という実をつけることもなく、そして老いた父の手に負えなくなったそれらの木はいつしか庭から姿を消した。今の子供にとって、庭のなる果物などおもしろくも何ともなかったのも、父にとっておもしろくない理由のひとつだったことだろう。