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幕降りた<推理の女王>、虚しいだけしたのではなかった
2017.05.29 15:27 オーマイニュース
最後の刺身を視聴したホ青磁は虚しかったかも分からない。 初回からずっと執拗に追撃した殺人事件の全貌が明らかになるのかと思われると結局明らかになった殺人犯と社主犯の後に、巨大なまた他の事件の影があらわれることで終えられた。 熱心に100mを疾走してきたが、到着して見るのでやっとある停留所に到達したという'サイン'を受けて茫然自失したかもしれない。
曖昧なエンディング? いやシーズン2に向かった遠大なトクパプ
だが'ミドゥ(アメリカ ドラマ)'や'ヨンドゥ(英国ドラマ)'を多数視聴した視聴者ならばこういう'エンディング'方式になじむようだ。 劇序盤始まった事件、だが、本来目の前の事件を解決して見るので、事件は本当に巨大な陰謀の開始に過ぎなかったので…. 何このような形話だ。 <ショルロク>などのシリーズで顔なじみに登場したこの叙事構造は螺旋形でシリーズを繰り返して真犯人に向かって走って行く。
<メンタルリスト>のようなドラマは'レッドゾーン'という連鎖殺人犯を捉えるために何と六シーズンを走って行く形だった。 <推理の女王>というドラマが一度16部作ドラマならばこのような形のエンディングが'虚無'せめて(とうとう)侮辱を与えたもようだが、そうでなくシーズン制を念頭に置いた布石ならば? '大きい絵'に向かった賢い選択になる。 しかも最後にサングラスまで装着した懸垂と'影'の遭遇だなんて! これよりもっと行われたシーズン2のトクパプがどこにいるだろうか?
それでも<推理の女王>が投げた曖昧なエンディング、そして次のシーズンに向かった余韻だけでこのドラマのシーズン制を期待することになることではない。 <推理の女王>が去る16部作の間見せた演出、延期(煙、演技)、彼を通じて具現されたキャラクターと叙事やはり16部作一回目で終えるには物足りなさがたくさん残るためだ。
2009年放映終了された<モンク>というシリーズがある。 自動車事故で妻を失った後後遺症で強迫観念を体験する探偵モンク(トニーシャロブ方)と彼の前職同僚刑事そしてモンクの秘書で採用されないことのパートナー的役割をするナタリー(トレーラ ハワードの方)等が主人公だ。 話は'ハプニング'で始めて、凶悪事件解決で終えられる。 <モンク>は探偵物だが一つの騒動劇のように進行されたりもする。
いつまでも一緒にしたいキャラクターそしてその雰囲気
そして<推理の女王>を見ればその時期<モンク>が浮び上がる。 料理には'苦手'だが、事件だけ起きれば気がかりなことをこらえることができなくてフライパンが乗ることも知らずにぼおっと打っていくおばさん探偵流説オク(チェ・ガンヒの方). そして彼女をおばさんと無視するようだが、彼女の言葉一語とをのがさないで、その誰より彼女を信じるハ完勝(クォン・サンウの方). この二つが表わす不協和音の和音は愉快で暖かいコンビ プレーであった。
'トルテンが'と呼ぶが、自身を信じる彼を頼る。 おばさんと呼ぶが、その誰より彼女の意見に従ってくれる。 このアンバランスある組合は強迫観念探偵と彼の一挙手一投足を見守る秘書兼'ワッソン頬打ちする'助力者ナタリーに劣らない'ミョン組合'だった。 おばさんと刑事、'愛'が介入するのが難しいこの組合は16部の間どんな愛の主人公よりときめいて視聴者たちを導いた。
とりわけその間私たちのドラマで'複数'の躍動性を引っ張っていくキャラクターや、成功談の主人公としての女性キャラクターの存在の他に男性によってその存在感が証明されない'キャラクター'として存在感を表わす場合が惜しかった状況でおばさん探偵流説オクの存在はただ16部でどんっと打つにはあまりにも惜しいキャラクターだ。
それ(彼)よりさらに期待されるのはせっかく自分たちの体に当たる服を着たチェ・ガンヒとクォン・サンウだ。 いつのまにか中堅演技者になった二人、だが、その間誠実に活動してきたことと違い、一時スターであった二人の存在感が作品を通じてあらわれたのはちょっとなった。 前作<派手な誘惑(2015)>の神恩数駅は延期(煙、演技)変身だったが最後まで体に当たらなかった服であったし、<メディカル塔チーム(2013)>のクォン・サンウは彼の短所をさらに浮上させただけだった。
そのような二人を訪れた流説オクとハ完勝、その二つのキャラクターは全部その間チェ・ガンヒがしてきたそのふっくらと飛ぶ可愛気とクォン・サンウの虚々実々下は自然だということを延長したキャラクターだ。 ところでその上手にするキャラクターをまたする二人には以前に見ることが出来なかった'安定感'と倍加された自然だということが補強された。 その間おそらく各自でなく、クォン・サンウとチェ・ガンヒが'合体'なったシナジー効果だろう。
だが、私体に当たる服を着たのは主人公だけでない。 頻繁な登場にもかかわらず、いつも惜しかったイ・ウォングンの魅力がせっかく光を放ったのも'ホン所長'のキャラクターであり、新ヒョンビンやはり同じケースだ。 'ハ完勝+ウ警監'組合の活躍が惜しいほどパク・ビョンウンに対する期待値を高めた。 特に船方書で押し出された完勝などが陪房2棟のマートと弁当店を拠点で捜査を繰り広げて町内住民たちと'協業'して犯人を捕まえる捜査方式は抜群だった。
そのように派出所職員、町内住民など1人、1人登場した人物皆が'記憶されるキャラクター'で残した<推理の女王>. それで最後の刺身陪房2棟を俯瞰する場面で永らくなじんだところを離れる物足りなさが感じられるように'人間味'を生かす。 主人公だけ独走して、その周辺人物は主人公を引き立って見えるようにする装飾で作動したミニ シリーズと違った。 あたかも週末家族ドラマのようにその誰でも'存在感'を表わした陪房2棟'オベンジョス'捜査チームの活躍がずっと見たい理由だ。
キャラクターだけでない、<推理の女王>といえば省けないのは時にはこれがドラマが映画がして舌を巻くほど印象深かった演出だ。 しばらく花が咲く陪房2棟を背景にその花の中で諸説乱舞する二人の主人公をはじめとして彼らはもちろん周辺人物が出没する所はそちらが干潟でも、死体が投げられた小川でもそのどの所でも'芸術'的成就で感嘆の声を上げるようにした。 事件を捜査して推理をする'暗い設定'にもかかわらず、陪房2棟と弁当屋、ソル・オクイの家などの'町内の色とりどりさと暖かい情緒'が組合わせて、<推理の女王>だけの雰囲気を作り出す。 私たちが<ショルロク>などのミョンドゥを思い出させれば主人公劣らずそのドラマのその雰囲気が記憶されるように、<推理の女王>にはまさにその自分だけの'アイデンティティ'とするに値した情緒が確立された。
もちろん長所だけあることではない。 この頃のようにはやい事件展開でなければチャネルがすぐに戻る状況で、<推理の女王>は登場するキャラクターと背景・雰囲気まで持っていって話を展開していった。 <推理の女王>の最も大きい短所は捜査物には進行速度がのろかったという点だ。 もちろんホ青磁は彼さえも<推理の女王>だけの魅力というが、その'遅い'速度は8%内外の視聴率という結果でシーズン制の困難に陥ってしまう。
もちろん<推理の女王>の低い視聴率を必ず展開方式の問題と見ることはできない。 '恋愛'話でもなくて、おばさん探偵というなじみがうすいキャラクターの活躍は中壮年層がチャネル主導層の大多数である現実で比較優位を占めることはできない弱点でもある。 だが、'well made'という言葉が面目を失わなかった<推理の女王>. 視聴率はたとえ低かったが、視聴率にこだわらない(?) 新しい時代の公営放送おかげで次のシーズンにまた会えることを願う。


