ここ、1年間ぐらい疑問に思っている表現がある。それは、「There/Here」+「you/we」+「are」の表現である。
今日まで、インターネット上で調べていても、いまいちしっくりくる説明がなかったのだが、今日は、ある「ヒント」をあるサイトから手に入れた。
そして、それで、結構、なぞが解けた気がするので、ブログに追加することにした。

その「ヒント」とは、、、、



それは、「you/we」に関連する。


この表現が使用されるときに、私自身、「話す人」と「聞く人」がいる場合、いつも、「you」と言うのは「聞く人」のことだと思っていたのだが、実はそうでなかった。

確かに「聞く人」の場合もあるが、実はもう一つ「you」になりえるものがある。
それは、「物」である。

具体的に例を出すと、レストラン等で、ウェイターが注文した物を持ってきたときに、「Here you are」とか「Here you go」、またまた、「There you go」なんていう場合があるが、この「you」を「注文した物」を擬人化して言っているとすると、なぜ、この言い方をするかの意味を完全に理解できた。
しかし、しっかりと検証をしていないので、本当にこれが正しいかどうかはなんともいえない。

「Here you are」の場合は、「注文した物」に対して、「あなたは、ここに存在する(べき)よ」と言う感じ。

「Here you go」の場合は、「注文した物」に対して、「あなたは、ここに行く(べき)よ」と言う感じ。「Here you are」に対して、自分が今いる所に、注文した物をもっていこうとするときに言うような表現ではないかと想像できる。

「There you are」の場合は、「注文した物」ものを注文者に渡した後に、「そこが、あなた(注文したもの)が存在する場所よ」といっている。

「There you go」の場合は、「注文した物」も「話す人」自身も、注文した物を置く場所よりも、「少し離れた場所」にいる場合に、いう言葉だと思う。日本語で言うと「そこがあなたのいくとこよ」。



今後は、この考えを意識して、ネイティブの会話聞いて、この考え方が正しいかどうか検討してみようと思う。


何か、ご意見等あれば、コメントを頂ければ幸いです。
以前も、Forについて、どのようにイメージとして捉えればよいかを書いたが、今回ようやく、すべてに合点がいくイメージがわかったような気がする。

それは、以前から目にしていたものであったが、そこからForの色々な意味への繋がりが分からなかったため、忘れ去られたものであった。

で、じゃ、なんなのかと、Forの核心は?




それは、「前に」だと思う。



これは、Etymology Online や、他の辞書にも載っているごく普通のことであるが、よく考えるとForのほとんどの意味がここから派生しているのがわかる。


例えば、I played tennis for two hours.と言う文でのForであるが、Two hoursと言う時間の範囲の「前」で、ずっとテニスをしていたという風に解釈できるのではと思う。

他には、I bought a present for her.と言う文の場合は、彼女と言う対象の「前」にプレゼントをおいて、そのプレゼントが彼女に合うのかどうか吟味しながら買ったというように解釈できないだろうか。

あと、交換の意味に使われる I bought the apples for two dollars.も、 two dollarsの「前」におかれるリンゴ、つまり、リンゴは2ドルと割り当てられているという形に考えると私にとっては理解しやすかった。

形式主語の時にでてくる、Forも同様に考えることができるとおもう。
It is easy for me to read the book.
「その本を読むことが簡単である」と言う、事実は私の「前」に置くと成り立つ(真実になる)。もう少し細かく言うと、その事実を私の前に合わせるとピッタリ合うという感じ。

私にとっては、これが今のところ「For」に一番しっくりくるイメージなので、もし、他の誰かにも役に立つととても嬉しいです。
以下の文章は、全ての人にとっての事実ではない。

She is beautiful.
It is difficult for me to do that.

つまり、もし、Aさんに「Is she beautiful?」と聞いたら、
「No.」という場合もある。


seemもにている。だけど「to」を使う。「for」ではなく。
・It seems to me that he knows everythings.
これは、辞書によると「(周囲の状況から判断して[聞いたところによると])
・・・である[・・・する]ように[人に]思われる」
と記載されている。
つまり考えようによっては、「he knows everthings」という
情報が「me」に「既に」与えられているということではないか?
だから、「for」ではなく、「to」なのではないか?

「for」の場合は、「何も到着せず、つなげると」という風に
解釈したいが、「to」も「つなげる」という意味もあり、
区別ができない。たとえば、「link to」とかが、「The video
cameras are linked to a powerful computer」とある。
これは、「線が到着して」つながっている。


「for」の原義は「前に」である。では、「私の前に置くと、
それをすることは難しい」、「彼の前に置くと、それは、簡単」
という風に考えるのでどうか?
「to」でない理由は、「何も与えていない」からと考えられないか?

でも、「私の前」、「彼の前」というのも、「到着している」という
風に考えられるのでは?

「for」の原義は、無視して、「○○に向かって」と考えると、
「それをすることは難しい」という「命題」を「私に向ける」
、つまり、「私を動作の対象にすると」、成り立つ。

「A is B」というのは、「「A」と「B」が同じである。」と言っていてる。
それに対して「A do」というのは、「A」が「動く」。
いや関係ないな。

「彼は、生徒である。」というのは、「誰にとっても成り立つもの」である。
その事実が「うそ」の場合は、やはり、「誰にとっても成り立つもの」である。

だから、「A is B」の構文で、尚且つ、その命題が対象によって変わる場合は、
「for」をつけて、その対象を明確にする。

では、「She is tall for her age(彼女の年としては、彼女の背は高い)」は
どうか?

これは、上記と同じようなのでは?
たぶん、同じである。
「She is tall」は、どんな条件でも成り立つわけではない。「彼女の年の平均から考えると」
成り立つものである。

では、「He took her love for granted(彼は、彼女の愛を当然のものとして受け取った)」は?
「granted」は、「それが真実」であるという意味かな。
この「for」は、「理由」とか、「過去」を見ている気がする。

これは、「as」でもよいのでは?
「take him as my friend」とある。だから、「take her love as granted」
でもよさそう。

うん。確かに。「as」でも交換できそう。この時の「for」は「交換」
を示しているように見える。「a book for $2」と同じように。
この「交換」は、「「a book」がいずれ「$2」に到着するものだよ。」
と言っているようにも見える。
こう考えると「「her love」は、いずれ「当然のもの」へ到着する」
と言えるか?
つまり、それは、真実でないことを言っている気がする。
当然のものという、実は、そこに到着していないものを、そうだと思って勘違い
していることを表しているのではないか?

grantについてはこれも参考に。http://oshiete.goo.ne.jp/qa/2603153.html


forとtoの使い分け
http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=428119
This book is difficult for me.
This book is difficult to read.
ここでは、「difficult」は「important」のように「to」ではなく、「for」
だと書かれている。
これは、確かに主語は「book」であるが、実際に「難しい」のは、「本を読むこと」
もしくは、「本を理解すること」という「動作」を略したものである。
それに対して「My family is important to me」は、「私の家族自身が重要である」
つまり、「私の家族が私に何か重要なものを与えてくれる。」ということである。

「for」は、「気持ち」を表しているのかも。
「I am for the opinion」と言う場合、「自分の存在は、今ここにある。」
しかし、「自分の心は、the opinion」を向いている。
もしくは、「自分は、いろいろな検討を経て、そのopinionに達している」
ということかも。
もしくは、「ある人にどちらがいいですか?」と何かを見せられたら、
「私は、そちらを見ています」
もしくは、「opinion」とは、「何かは、こうすべきである」、「もしくは、こうすべきでない」
というものである。だから、その段階では、将来のことを言っているはず。
だから、それに賛成するということは、まだ、「将来そうすることということ向かっている」
と言っているかもしれない。実際にそれをやってはいないから。だから「to」は使わないかも。