「行動」 を待つ「配慮と条件付きの善意」
と
それに対して思う自分の気持ち
昔から相手さんに感じるのは
【何かを待つことに対しての異常な程の冷静さと不安と混乱時の文句の言い訳での対処のよさ】
と
【じっとしているのも相手に文句を言うための優しさ(計画的)】
な部分
これが相手さんなりの「配慮や考慮」ならなんでそんなに高度なテクニックを使ってくるのだろう(´・ω・`)
そういえば自分の文句やバレない嘘をつくのは結構な積極性なんだけど
声を掛けての相手を本気で心配する態度は消極的でもなく
一度も見たこと無いな(大概が相手さんの方が不都合な事が起こらないか心配する様子はよく見かけるんだけど。)
正直者に見えて でも 基本的には相手が行動に移すまではじっとする 動いても良さそうなタイミングまで待つことが多い。
怠そうな人間を装い(実際は何か緊張してるか興奮を抑えているかのどちらか) ウチが反応して行動しているタイミングをまるで狙って優しそうに声を掛ける
緊張や興奮を作っている理由がウチあると感じれば1個の巧みに文句をいってあっという間に相手さんの緊張や興奮タイムはお終い。言った後大抵余裕そうな顔してるから。
それで気になったのは性格の問題
アスペルガーだってそんな余裕と感情表現は難しいだろうし パーソナリティ障害だろうけど
自己愛パーソではなくもしかしたらソシオパスでないかと疑っている(反社会パーソナリティ障害ともいう。)
サイコパス(先天性)のご近所さん(こっちは後天性のものらしい)。もし当たってたら恐ろしい。。
実際ウチからして見れば余裕見せたらそれを「監視」されそうな気がして本当に嫌だなー…。(言葉で色々言ってくるので)
で相手さんは落ち着き過ぎてるやら不意に攻撃的になるやら相手の言っていることに一切返事したいやら(反撃はするけど)敵無しでなにかと空きがない。
自分で気持ちの余裕を作る安心スペースがいつも作れない。
その感情操作に無抵抗で押し付けられるウチに関しては潜在的に不安や緊張を押し当てられすぐにうる何もなかった感で安心する。
でもまあ気持ち的に一瞬だけ「スタンガン」を当てられたような強い不安に襲われて
でもその結果を脳がそれを隠してくれるからいいけど、ただ「心」に対しては明らかにダメージを受けている。それが蓄積して扁桃体は過敏になり
しかも正直に子供頃からなので 場面緘黙が直る見込みが低いと思うんだよねー。(場面緘黙自体がある意味防衛システムのようなものなので…)
直ったらもしかしたら心を守れるシステムが無くなるのではないかと…不安になる。余計場面緘黙の直りの進行が進まなくなる。
【緘黙自体】も有る意味相手側が手を出し難くなるという警戒して攻撃的な態度に出にくい 自分から攻撃してこない限りは攻撃してこないのではないかという心理的な作用もあるから
生存という意味では 助けてもらっているのかもしれないけど人と対話ができないのは これも生きる為には不都合な部分ががある。これのバランスを取るのは難しい。。
そんな不安定になるウチに対し…
自分を守る為に適当に文句言って
一時的に「縁を切ったような状態」にしつつ、時間掛けてから相手から寄ってくるのを待つから本当に狡賢い。。
ウチは余計不安に襲われる。
場面緘黙によって自分を守るの悪循環。
両者どっちも「攻撃」と「守備」を取って「どっちか改善」という方法が取れない。
「どちらも改善」という最も良い方法を取るつもりだったらお互いの性格と境界線を決められた範囲で守る必要がある。でもこれもお互い性格的に難しい。厳しい情況
ーー自分の気持ちとして
最後に24時間ずっとこういう状態って訳ではなく 勿論 普通の時もあります。
ただウチの扁桃体は恐怖に対して簡単に反応し易いのでウチの精神がずっとこんな風に見ている場合もあります。
それに扁桃体が興奮してくれないといざ危険な時に何も反応できずに動物だと外敵に襲われて命を落としてしまうし
人の間でも相手の気持ちを読み取る、空気を読む、相手に気をつかう等必要な時に扁桃体の反応は有る意味で「判る道標」として使っているつもりです。
ただそれが仇になって言葉で自由に伝えるという自由を制限されてしまったようなものですが
正直 仕方ないです。
感謝や生きたいと言う気持ちもそこから湧いてくるのでちゃんとした精神や性格を持っているごく普通の方々以外に精神を潰される訳にもいかないんです(´・ω・`)
潰されたら最後 依存や鬱 攻撃性が強い場合だったら暴力で抑えようとするかもしれないし
最悪脳の心の全てが枯れてしまったら 人生終わらせる事でやめてしまうかもしれません。
その行動を起こすのは他の誰でもない自分だしね。。