ファストフード業界
吉野家が牛丼業界において苦境に立たされている。
2010年2月期決算で創業以来最大の最終赤字89億円を計上することとなった。
吉野家は2004年のアメリカ産牛肉のBSE問題が発生した折に「アメリカ産以外では本来の味が出せない」として、牛丼の販売休止に踏み切ったことが一部消費者に評価され、販売休止前の駆け込み需要が連日ニュースや情報番組で取り上げられたことで吉野家のブランド価値を大きく向上させたことはまだ記憶に新しい。
思えばこの何が何でも「アメリカ産」でなければならないとした企業姿勢と、当時駆け込み需要の異常ともとれる加熱ぶりが、企業の方向性を曇らせる遠因ではなかったかと考えさせられる。
現在の牛丼業界を支える消費者は味自体に大きな差を見いだせず、店舗数トップのすき家との価格差は一時100円まで拡大しても、吉野家の対策が後手に回ったのは、前回の成功要因にとらわれすぎたことにあったのではなかろうか。雇用不安が付きまとう消費不況が長引く昨今、ファストフードに消費者が求めるのは”多少高くても品質”を求めていたのが”安ければ多少の品質低下は許容範囲”と少しづつ変化してきた消費者心理を読み取れなかったことにあると考える。
また、味についても現在の外食に限らず食べ物全般に関わる業界では競争環境が激しく、生キャラメルなどすぐに競合にキャッチアップされることも珍しくない。
翻って、もう一つのファストフード代表格であるハンバーガー業界はどうか。牛丼業界と比較して素材や味にバリエーションを付けやすいので差別化しやすく、各社も次々と新製品を投入するなどでしのぎを削っているが、業界トップ企業における最近の戦略には疑問を感じている。
まず一つはファストフードに求める消費心理とのズレだ。ハンバーガーは、安く手軽に食べられる商品として国内市場に広く受け入れらてきた背景がある中で、最近の商品ではセット価格が700円超というのは、購入頻度を大きく下げやしないかと思われる。よってこの戦略は長く取るべきではないと考える。やはり高級化路線はニッチの戦略といえよう。最近では実験店舗として座席数を減らし、内装等のハードに高級感を持たせ、商品価格を通常よりも10%前後割高にしたプレミアム店を出店した。具体的な中身は分からないが、通常店との価格差の根拠をハードだけとするなら、あまり店舗数は増加しないように感じる。仮に隣り合わせで通常店とプレミアム店があると仮定した場合、圧倒的に通常店の来店客が多くなると思われるからだ。更に座席数(プレミアム店は少ない)、滞在時間を考えると座席回転数も通常店のほうが多くなることが予想される。
2点目はこの企業が独自に行なう最近のマーケティング手法(方針といってもよい)だ。以前、新製品の販売に合わせて前日から数千名のアルバイトを店舗前に並ばせたことがあった。企業側は「単なる商品モニターであり、マーケティングに問題は無い」としたが、これは意図的につくられた行列が消費者の勘違いを呼び起こすだけで、商品力(品質・価格)とは無縁のものであり誠実なマーケティングとは言えない。
また最近ではあるセット商品の品切れによる早期販売中止があったが、以前のメガキャンペーン当時に多くの消費者に品切れとなったことが信じられても、最近のは意図的に品切れを引き起こしているとの見方をする消費者も少ない。更に歴代人気ナンバーワンとのチキンを使ったバーガーにおいては、飲食業界関係者の間では「コスト面や販売構成上、チキンが入る方が都合が良いのでは?」と以前から信じられていなかった。
これらを見ると、長期的な視点に立った確固たる経営戦略が見えてこず、如何に売るかという目先の戦術に走りすぎているように感じる。
なぜこういった手を講じてきたかと考えた場合、以前に問題となった「残業手当」や「消費期限偽装」があったように店舗の収益構造が悪化してきたのでは無いかと推測される。そのきっかけは一部店舗の24時間営業化から始まったのではないだろうか。
続く。 かな…
『久米宏のテレビってヤツは!? 』を見て
サブタイトルが「私がそんなに悪いのか…竹中平蔵」だったが、ほぼ終わりかけの時間に帰ってきたので殆ど見れず。 …不覚 OTL
それでも耳に入った言葉で気になったのが
当初「企業は倒産寸前になるまで社員をクビにできなくなった悪い判例がある」と言っていたにも関わらず、終身雇用、年功序列制を採用してる優良企業の特集後には、「終身雇用や年功序列は悪くない」「でもそれに合わない会社もある」(合わない会社があるのは当たり前なのだが)と言い、最後には「企業は簡単にクビを切ったらいけないんです」と言っていた。
過去からの発言と一貫性は無かったが、今回の発言だけをとっても文章に起こせば矛盾だらけとなりそうだ。
しかしこんな暴論でも会話の主導権を握ってたのが竹中氏であるのは、ディベート能力が高いことが原因にある。
竹中氏の論理展開パターン(特に反論と論理のすり替え)は、同じくディベート力で異常なまでに人気が高まっている大阪府知事の橋本氏と似ており、特に一対一の論戦になるとその類似性が際立ってくるように思えた。
最近、ユーポスのCM(ネズミ先輩+キティちゃん編)が気になる…
経済の停滞と所得格差
昨今、大きな社会問題となっている所得格差の広がりは、社会構造自体を変えない限りはこれからも益々広がることだろう。
ここまで所得格差が広がった背景にあるのは、極端な規制緩和を推進した新市場主義とされる小泉・竹中路線にあることは、多くのメディアでも取り上げられているとおりだ。(要はアメリカの市場開放要請を積極的に受け入れたことが、日本のアメリカ化を促進したということだ)
では、今までの路線を転換して積極的に規制強化をすれば、かつてのような貧困層の問題が解決するのかと言えば、残念ながらそうでは無い。
今回の金融危機の問題は、確かに金融における極端な規制の緩和が市場を暴走させたことが原因であるが、所得格差の問題は、そのもっと以前から静かに浸透してきたことだ。
所得格差が拡大した最も大きい要因は税体系の変化に起因し、大きく分けて2点あると考える。
一つは直間比率の問題だ。 以前は所得の多い人ほど税率が高い累進税率の高かった日本の税体系が
物品税(贅沢品のみに課税)→消費税(所得の低い市民にも広く薄く課税)
と変化し、直間比率の是正(まるで以前は間違えた政策をしてるような言い分だが)で、直接税の簡素化(悪く言えば単純化)で、高所得者が恩恵を受けた格好となった。
もう一つは法人税率の低下だ。 以前は法人税の実効税率は、地方税を含めて最低でも50%前後あったのが、40%前後に低下したことだ。 これによって、かつては法人税よりも個人の税金の方が低かったので、法人の利益を少なくして、個人の給料へ回すこと(外部流出)が節税となっていたのが、内部留保して法人の利益として残す方が税金が安くつくようになったわけだ。
そうなると所得移転の問題が強く影響を受けることになる。所得が移転せずに滞留するともちろん経済は停滞することになるが、富裕層間で動いても意味は無く、特に大衆層に回らなければ経済は活性化してこない。
それは現在の市場を取り巻く閉塞感が肌で感じられるとおり、
派遣労働者等の不安定雇用に甘んじている層の消費が激減 → 市場規模の縮小 →
一般社員の雇用調整 → 更なる市場縮小
と、負のスパイラルの入り口に立ってる状況で、既に一般社員(特に中高年層)は今後の社会不安に備えて既に消費を抑制している状況だ。ここまでくると今まで優遇してきた富裕層の消費だけでは市場の下支えはできない。
そこで出てくるのが税体系の見直し(所得が大きい人ほど税率が高くなる累進課税の強化を財源にした間接税の低減)と公共投資になると考える。
公共投資は資本原理主義やマネタリストの攻撃の的となっていたが、経済を活性化させる「所得移転」の効果が期待できる。更に税自体も「所得移転」の役割を担うものだが、現在の高所得者優遇を基本としたものでは、当然ながら「所得移転」は起きない。
それは、戦後最長とされた前回の景気拡大局面でも、富裕層のみに富が集中したため、多くの生活者が実感を伴わなかったことでも明らかだ。 だがこれを行なえば、滞留していたお金が流れやすくなる。
もう一つ忘れてはならないのが、層の厚い中間所得層の消費意欲を刺激することだ。
これの有効な手立ては「定額給付金」では決してなく、現在の雇用における不安を払拭することにある。人は将来に対して悲観的な見方が大きいほど生活を防衛するために貯蓄を増やすのは当然のことで、かつてないほどの雇用不安を予想させる現状では、財布のひもを締めるのは当り前の行動だ。
残る公共投資だが、かつての土木・建設セクターだけを潤わすようなものでなく、上にあげた雇用や社会福祉などの最も必要とされる分野にあてる必要がある。また、アメリカ大統領オバマの掲げる環境関連は、かつてクリントン政権のゴア副大統領が掲げた「情報ハイウェイ構想」が、現在ではインターネットのブロードバンド常時接続などの情報インフラが当たり前のように整っていることからも、世界最大の市場規模を誇るアメリカが、国をあげて力を入れれば今後は無視できない分野となることは間違いないだろう。
よって、「税体系の見直し」と「公共投資」を軸とし、雇用安定化をオプションとした政策が求められると考えるが、法人税や富裕層に対しての課税強化については、そういったものたちの海外移転が起きる反作用も無視できないが、長くなったのでまた今度。
1/1 NHKスペシャル「世界はどこへそして日本は」を見て
1/1放送の番組で竹中平蔵氏が出演していたが、ここでも日本経済の閉塞感は「構造改革の手が緩まったことが原因」との主張をされていた。
今や学者というよりも政治家の色合いが強い竹中氏は、その師 である小泉元首相の手法にならって、外資と一部の大企業に聞き心地の良い「構造改革・規制緩和 」という単語を呪文のように唱える姿に違和感を感じた。
行き過ぎた規制緩和の批判に関しては、番組で慶応義塾大学教授の金子勝氏が先頭に立って批判していたが、政治経験のある竹中氏と学者畑を歩んできた金子氏では、ディベート能力において金子氏の分が悪かった点をとても残念に感じた。
同じく規制緩和派であった中谷巌氏の方針転換は、かつての主張から180度転換したポリシーの無さも問題に感じるが、現在の株価低迷の原因を「構造改革が不十分」と曖昧な表現(具体的な提示は一切なかった)に終始し、格差拡大についてはこれまた具体性のない「セーフティネットを拡充するべき」との言葉に終始していた。
そもそも自民党政権の「セーフティネット」は「拡充すべき」という言葉がまるで免罪符のように使われ、規制緩和だけがドンドン進められているだけだ。第一、今になってもこの言葉をつづけているということは、今まで「やってなかった」というのを認めているわけで民間感覚なら謝罪すべき問題であるはずだ。
ようは政治家の「すべき」という言葉は「やらない」「私には関係ない」という意味だ。
因みに規制緩和については、竹中氏がお手本とするアメリカであるポールソン米財務長官は
「世界の金融システムと米国の規制当局が、救いようもないほど時代遅れなものとなっていた」とし、
「今後の米国の金融規制改革について、大規模な金融機関の破たんにも耐え得る金融インフラと当局の 統制力の構築に向け「より改善され、かつ効果的な」規制の導入に焦点を置くべきだ」
と過去の過ちを認め、規制が必要であることをコメントしている。
思えばここまで批判の多い経済学者は記憶に覚えがない。
でも政治家として見ればこんなものだろうか。それでもやはり「すべき」という言葉で逃げるのは、いい加減にやめて、暫くは大人しくしてほしいと感じた。
自動車産業の行方2
今後、自動車業界の目指す道は
1)生産の殆んどを労働力の安い海外で行う
2)燃料電池車や自動走行などの先端技術を駆使した付加価値の高い車両の開発・販売
また、トヨタの開発したi-unitやi-swingなど、よりパーソナル化された車両が市場に出るようになれば価値観やライフスタイル自体に変化が起きるだろう。(今すぐ出ても恥ずかしくて乗れない気がしなくもない…)
結局はこのどちらか、あるいは両方で落ち着くと考える。
しかし 1) が進展し、生産拠点のほとんどが海外に流出した場合、日本経済を駆動させてきた産業が空洞化することとなり、最終的には大きな国力を失う。
さらに雇用の問題だ。企業が生産拠点を海外に移すのを促進すれば、自動車関連産業に従事していた者が失業の憂き目にあう。そうなると失業問題もおこるのは当然として、国民の所得総額が一気に低下し、自動車の購入どころでは無くなると考える。
あと、自動車業界はアメリカのビッグ3に代表されるように、レガシーコストの問題が取り上げられているが、販売不振で一気に業績下方修正&上場初の減配を行うトヨタや、3度の下方修正を行ったホンダもレガシーコストは相当程度積み上げってるものと考えられる。
ただレガシーコストの問題がクローズアップされ過ぎると、益々所得格差が広がる懸念もあるが、格差問題についてはまた次回とする。
まとまって無いけど、終わり。^^;
