年金を払わなければならない
年齢になりました。

これで大人の仲間入り
と言ったところでしょうか。

今は学生なので、年金の支払いが免除されるようなシステムを使って、なんとかあと4年は年金を納めずに済みそうです。

そんなこんなで
市役所行って手続きしたあとの話。

ビッグニュースが入ってきました。

「年金は払ってもらうけどそれで老後暮らせるほどの額はあげないよー自助してねー」

とのお達し。

これに対して若者は
「高齢者を優遇なんてふざけんじゃねぇ金返せ!」
と怒り心頭。

この状況に対して僕は

「チャンス!」

と思わざるを得ませんでした。

簡単に言うと
今が国民性が変わる時期なんだろうな、ということです。

人権意識、個人主義、社会主義の過渡期といいますか。

論点を整理しましょう。
国の主張は

今の年金の受給額は今後維持できない。
年金に頼り切らず、自助努力によって生活水準は保ってくれ。
預金じゃなくて投資しろ。

とのこと。

まぁこちらから見ると相当変態的な主張ですね。ようは将来お前らを養えるだけ給付できないから金貯めとけ、だけど預金じゃなくて投資しろ、増やせ、ということですから、相当こちら側に対して負担を強いている形になります。

若者の主張は

将来俺らを養えるだけの給付をできないのであれば最初から年金なんて集めるんじゃない。返せ!

とのこと。

まぁごもっとも。年金は相当な負担らしく、大部分の人は年金納めて税金払って生活していたら、ちっとも贅沢できません。あまつさえ将来に向けての貯蓄なんてできるわけが無い。

さらに若者はだんだん減少しています。
高齢者が車で突っ込むことによって子供をマルチキルしていることも有名です。金銭的にも、物理的にも高齢者一人が現役世代数人と刺し違えているわけなので子供は減って高齢者は割合的に増えるわけです。

マイノリティと化した現役世代は駆逐されていく運命にあるのが前時代的ですね。前時代の人が中心なので当たり前ですね。

話が逸れました。

若者の主張は一見正しいですが、見逃してはならないことがあります。

それは
高齢者は今まともに暮らせていない
ということ。

夫婦二人共介護施設に入れるほどお金をもらっている世帯はほとんどないです。相互介護でどちらかが亡くなるまでの持久戦を繰り広げ、片方が逝ったらもう片方も逝く。悲惨ですね。

一応言っておくと、高齢者も国の扇動を受けた上で暮らしているわけで、ここでいきなり年金がなくなったらどうしようもありません。そして若者より身近に生死が見える立場なので必死です。

さぁ、これを見た上で詰んでるのは若者か老人か考えてみましょう。

間違いなく老人が詰む側にいます。
だって挽回力が一欠片も残っていないからです。

若者の詰んでるとか死ぬとかはほぼほぼ冗談(こう書くと鬱病関連で問題が出ますね)ですが、老人は詰んだら死にます。

だから
国は負担を先延ばしにしているわけですね。

1.国が詰んでる
2.老人のほうが詰んでる
3.未来は未確定

だから
年金には頼らないでと言えるのだと思います。

その上で、なぜチャンスなのか。

今までより若者が切迫するから、チャンスになるのだと思います。

僕も含め、今の若者は優しすぎます。
この機会にもしも老人を殺して若者を救う政策を国が出したら、若者は救われますが、おそらく人間的に弱くなります。

もっとエゴイスティックになれる。
もっと必死になれる。
もっと残酷になれる。

こんなチャンスが今来ているのです。
ブラック企業が潰れるのはいつも社員が爆発するからです。ブラックな環境に物申し、徹底的な行動に移れるほど、僕らにはハングリーさがないのです。

老人ホームに向かってブレーキとアクセル踏み間違えろなんて間違っても言いませんが、不満を言うチャンスが今来ているのです。国ではなく、自分の力で老人の利益を毟り取る。

行動を起こし、主張していく。

それくらいの弱肉強食をできないと生きて行けないくらいこの国は詰んでいるし、これからの国を作るのは現役世代なのです。

若者が弱きを喰らい、強者になろうとしたら、そのときに初めて暗い現状が打破されるのだと思います。今はみんな仲良くオートファジー、って感じです。

この状況からみんな仲良く救えるのは2次元だけです。

だからこそ過激だろうとなんだろうと自分を大切にして生きていく人がこれから生きていなければならないのだと思います。