一週間ぶりのスーパマーケット。


我が家は、もよりのメジャースーパーから10kぐらい、離れているのでめったに行かない。何故なら車の運転が嫌だから。何たってペーパー免許暦15年くらいあったのでこちらにきて必要にせまられ乗ることもあるが、運転するのが怖い。だって冬はアイスバーンだもの。真っ白な道路を走るのは南国育ちには辛い。昨日降った雪もとけ今日は、歯医者さんに行くので運転。久しぶりに郊外のスーパーやら書店でお買い物。


購入した本「あんどーなつ 11」、「動物のおしゃべり 5」

セレクトに疑問が、まあ、いいか。


他にも買いたい本があったが、タイムリミットでスーパ。近くのお店で買えないものを購入、ついでにマクドで昼食を購入。西の生まれだからマクドなのである。レイコーとアイコーくらいの違いだ。


スーパでハマグリを発見。購入をしばし検討でもやめた。しかし、つい昔の郷愁にひたってしまった。


小学生の頃、うちが、農家のために現金でお小遣いがない子供は、正月のお年玉かあとは自力で稼いでいた。

(いつの頃の日本だというつっこみに、昭和30-50年代の地方はこんなものだ。現在の地方とはまるで違うと思う。)

まあいい、小学生の頃の小遣い稼ぎによくやったのは、春はアサリを採ることだった。


引き潮のときに、道具を持ってアサリ採りにいそしみ、キロいくらかで漁協の人だろう売って日銭を稼いだことがある。アサリ採りなのだが、ハマグリが採れることもある。ハマグリは、売ったりせず、家に持ち帰って、家族で食した。七輪で焼きか、あとは吸い物にした。美味しかったです。


祖母は旅館の娘で、なんの因果かしらないが、博労に嫁いできていたが、ハイカラさんだったらしい。

博労がわからない人は、横溝正史の「八墓村」の映画を観てください。

主人公の祖父が博労です。牛馬の仲買人です。


私の記憶にある祖母は、何時も着物を着ていて、凛として、おっかない印象である。

お茶をたてたり、御香をたいたり、なかなかみやびなひとだったらしい。

現在も飾っている祖母の遺影は、明治の女らしく凛として厳しい面差しをしていて、実家にかえり、みるたびにおののいてしまう。きっと、ご近所さんではかなり浮いていたのではないかと思う。


かなり厳しい人で、父はかなり厳しく育てられたらしいのだが、祖父がかなりのんびりやさんなのか、おおらかでのんびりして人の良いうっかりさんみたいな人になって、後年祖母はため息が多かったらしい。

私的に思うとのび大太が大人になって年をとった感じだ。


幼少の頃に亡くなった祖母については、映画にでてくる刀自みたいな人であまり記憶になかった私であるが、中学生か高校生の頃に、納戸の物持ちに入れられた、古い短冊があった。

流麗な文字で書き記された和歌だった。

かろうじて、「浜」「ハマグリ」「想う」だけ読み解けた。当時は、授業で古文かなにかで万葉集を習っていたので、見てはいけないものをみてしまった恥ずかしさを感じたものだ。あの、怖い祖母に、「ハイカラさん」的青春時代が垣間見えた瞬間だった。

誰だって若い頃はあったんだなと妙にしみじみした記憶だけある。


貝合わせのように、人生は、想う人とは出会い結ばれることはないけれど、祖母の人生は、まあ恵まれたものだと思う。戦争もあり苦労もあったろうが、子供、孫に囲まれ、家の座敷で苦しむこともなく身罷った。


ただ、ときおり、ハイカラさんの頃の淡い想いを和歌にし、懐かしんでたと思うと誰だって、青春てあるんだろうなと思う。


ハマグリでふと過去の郷愁にひたりつつ、誰だって萌える過去があると思うとつい周囲の人を見回してしまった。ごく普通のすれ違う人々にも波乱万丈またはくすぐったい過去があるんだろうな。


人が生きてきた時間だけ、珠玉の思い出があると想うとちょっと萌え萌えする自分がいた。