平素ならば、やれ仕事だ雑務だ、なんだのと忙しく働いている筈なのに部屋の中でぼんやりと座り込んでいるその背をみとめ、珍しいこともあるもんだ、と何の気なしに声をかけた。

「なーに、ぼんやりしてんの?秋斉」

ひょいと屈み覗き込めば、振り返る秋斉の膝元にちょこんと頭を預けて眠る子猫……
もとい、彼女が一匹、いた。

「ちょ、ちょっ、ちょっと、秋斉!!何抜け駆けしてんの!ずるい!ずるいよ!秋斉のくせして」

思わず声を荒げ抗議すれば、「静かにしい。起きてしまうやろ」とすぐさま窘められる。

けれど、納得がいかずに俺はキッと秋斉を睨むとその膝でまるまって気持ちよさそうに眠りこける〇〇へと瞬速で手を伸ばした。

「あっ、おい!慶喜」

鋭く制止する様な秋斉の声も無視し、俺は無遠慮にも〇〇のやわらかな頬を抓る。

だけれど――、

「そないな事をしたら〇〇はんが起きてまうやろ」

〇〇の柔らかそうな頬に触れる寸前でパンッ、と小気味良い音がし、手の甲に鈍い痛みが走る。そこでようやっと秋斉に手を払われたのだとしる。

「秋斉、地味に痛いよ。何すんの?」

「何すんの?やない。あんさんは〇〇はんの睡眠を妨げる気どすか?」

「えー?ヤダなー。違うって!秋斉の膝より俺の膝枕の方が絶対寝心地いいから〇〇にこっちで寝直してもらおうと思っただけだって」

悪びれる事もなく自身の膝を指差し笑う。

「……どっちにしろ〇〇はんを起こす事にかわらへんやないの」

「まあ、そうなんだけど…でも、何か〇〇の寝顔見てたら、つい悪戯したくなるんだよね!こう加虐心を煽られるっていうの?頬を抓って起こしたくなるというか、」

「それはあんさんだけや」

はぁ、と秋斉はこれみよがしに重い溜息を吐いてみせる。

「何?秋斉、言いたいことがあるなら早く言いなよ」

「……好きな娘ほど虐めたぁなる、とはよう言うけど…慶喜はん、ほどほどにせんと〇〇はんに嫌われますえ?」

「ん?何?何か言った?」

いや、と口にすると秋斉は緩く頭を振る。

「別に何もあらへん…」


(……秋斉の言いたいことは、わかるけど。これが俺の性分なんだから、仕方ないよね。そりゃ、どこかの大店の店主様のように、優しく優しくどろどろに溶かすように甘やかしたいっていう思いも、あるにはあるんだよ…一応は…でも、何か…俺にはそういうのは似合わない気がするし、柄じゃないし…どっちかって言ったら…まだ秋斉の方が悔しいけど、そういうのは向いてるって言うか…)

そんな、俺の心中を見透かすように、秋斉はやれやれと視線を落とし膝の上の小さな子猫――
否、〇〇に視線を落とした。

「それにしても、〇〇はん、よう寝てはりますな…こないに慶喜はんがやかましゅう騒いどるのに全然起きはらへん」

秋斉の深い色の双眸がジッと〇〇を注視するものの、当の彼女は身動ぎもせずにぐっすりと安心しきった様子で彼の膝でひたすらに惰眠を貪っている。

(なんか なんか すっごく面白くないんだけど!)

己の中でふつふつと湧き上がる苛立ちともつかないざわめきに翻弄される。

(俺がいるっていうのに、何、「二人だけ」みたいな空気作っちゃってるわけ?!この二人!)

ムッと頬を膨らませると、このまま大人しく退くのも癪でどかりと秋斉の隣に座す。
胡坐をかいた膝に肘を乗せ、頬杖をつくと〇〇から秋斉へと視線を転じる。

「こんなに熟睡してるって事はよっぽど疲れてるのか、」

俺はニッと口角を上げ、秋斉を見据えたまま笑う。

「それか、秋斉の傍だからこそ、〇〇も安心して身を委ねて眠れるのかもね?」

からかいとやっかみと、きっと少しの羨望。
それらがごっちゃに混ざった気持ちで発すると見る間に秋斉の顔に朱が走る。

(…ちょっとちょっと、何か余計に苛々してきたんだけど?)

予想外の秋斉の反応に益々苛立ちが募る。

だから、俺は喋ることで何とか気を紛らわそうとしたんだ。

だけど、それは逆効果だった。

「秋斉は何だかんだでほんっと〇〇の事、大好きだよね!幾ら俺がお前に預けた娘とはいえさ…いっつも一緒にいたがってるし?必要以上に構ってるみたいだし?その辺、自覚あるわけ?楼主様。えこ贔屓はよくないんじゃないの?」

問いつめるようにして、言葉を浴びせれば秋斉は更に頬を赤くさせる。

そんな彼の反応は新鮮で目をひくものがあるけれど。
でもやはり〇〇を膝で寝させ、まんざらでもない様子を見せ付けられるのは非常に気にくわない。

(ほんと、何でこんな苛立つんだろう…。まるで、感情を抑制出来ない童子とかわらないじゃないか)

大体、自分と相対する時の〇〇は何時だって何処か緊張した面持ちで接してくるというのに。

(まあ、それは俺が会う度に〇〇を弄りたおすのが大きな原因なんだろうが)

それにしても、だ。
秋斉といる時の彼女はどこまでも自然体だ。
二人を包む空気はやわらかくてあたたかい。

だからこそ、面白くない。
悶々する。

〇〇が秋斉に懐けば懐くほど、いいしれぬ苛立ちを感じてしまう。
ついつい、二人の邪魔をしてしまいたくなる。

それは、何故なんだろうか――…

可愛がっていた猫は実は迷い猫でも野良猫でも何でもなく、れっきとした買い猫で他所にちゃんと御主人様がいた。

喩えればそんなところだろうか――
と、思考する考えの着地点をどうにか見出そうと頭を捻っている。と、――

「そういう、あんさんこそ…」

物思いに耽る俺の耳に低音のよく響く秋斉の声が不意に届く。

「そういうあんさんこそ、心底、〇〇はんを好いてはるんやないん?」

――俺が心底、〇〇を好いてる?

確かに〇〇に好意を抱いてるのは事実だけど、そこまで深く考えた事もなかった。

なるほど。
そうかもしれない。

だからこそ、秋斉に懐く彼女にいいしれぬ苛立ちを感じるのか。


秋斉の言葉に妙に納得し、一瞬惚けかけそうになる思考を手繰り寄せると、すぐにまたお得意の愛想笑いを貼り付け楽しそうに笑んでみせた。

「そうだって、言ったら?秋斉はどうするの?」

「別にわてはどうもしまへん」

「ふぅん?えらい余裕だね、秋斉。何かその態度が余計腹立つんだけど?」

そう返す俺の言葉をいなす様に秋斉はこちらを静かに一瞥する。

「〇〇はんの事を真剣に好いとるんやったら、あんさんもええ加減その子供じみた悪戯やらからかいをやめはったらどないやの」

「うるっさいなー!人のやる事に一々干渉しないでくれる?」

ふんと鼻を鳴らすと俺は再度、秋斉を射る様にして睨みつけてやった。

「優しくて真面目でいい人なだけじゃ何時か絶対飽きられちゃうよ」

「意地悪ぅて、やかましゅうて泣かせてばっかりだけの男はすぐ呆れられるって知ってはった?」

「…言ってくれるよねー。秋斉も」

「慶喜はんには負けますけど」

ははは、ふふふ、と互いに笑い合うも、俺も、秋斉も、その笑い声は乾いていて刺す様なピリピリとした不穏な空気が一気に辺りを覆っていた。





頭上で繰り広げられるそんな二人の絶対零度の会話に〇〇は先刻から起きるに起きれず寝たふりをするのに必死だった。


(慶喜さんも秋斉さんも正直、纏う気配が怖いです…!)
(というか、それよりも早く起きないと三味線のお稽古に遅れちゃう!)


(あぁ!でも、私は一体どのタイミングで起きれば……!!!!誰か、誰か助けて!)