世界の全てから嫌われている気がする。


昨夜私は夢を見た、私のことを嫌いだと大声で叫ぶ見知らぬ女の言葉に傷ついて愛する飼い猫を抱きしめようとしたら逃げられ、その見知らぬ女に「それ見ろ! お前の愛猫も貴様を嫌っているんだ!」と言われ、一人ぼっちになった私はどうしようも無くなり世界の隅で泣き続けるという物だ。


ただの苦しい悪夢だったと思えれば良いのだが、私は最近、もしかして優しい世界は全て嘘で、夢で見たのが正しいのではないのかという思いに取り憑かれている。


私は昨日久々に学校に行った。両親が離婚してから学校に行けなくなり、中学生の頃1番仲の良かった友人のいる高校に転校したら友人は既に新たな友情関係に忙しく、気が利かなくて話もつまらない私とは全く話してくれなくなった。それで頼みの綱は切れ、私はさらに学校に行かなくなった。しかし、ようやく立ち直ってきた私はやっとこさ重い腰を上げ電車で数駅の高校まで向かったのだ。


しかしそこでもまた失敗をした。以前の友人とは一切連絡も取り合わなくなった私だが、新たな高校で1人だけ友達ができた。優しく明るい彼女と学校帰りに近所を散策して遊ぶというなんとも高校生らしいものに誘われ喜んでついて行ったのだが、無理をしすぎたのか道端で吐いてしまったのだ。

彼女は相当驚いたことだろう。迷惑にも思っただろう。コンビニの前で吐いてしまったので店員が片付けてくれていたのだが、それもまた申し訳ない。私が道端で嘔吐したことにより遊びはお開きになり、私は学校に行く時もついて行ってもらった母親をまたもや呼び出し帰りにも着いてこさせた。電車の中では俯いて真っ青な顔をした私を誰もが白い目で見ていた。電車で隣の人に避けられた。しばらく歩けなくて、駅の中の救護室で1時間ほど寝かしてもらったからそこでも迷惑をかけた。私がただ生きているだけで、それも毎日学校に行くことも無い、苦しい部活などもない、周囲より随分楽な生活なはずなのに、周りの人間に終始迷惑をかけ通しである。


私は最近真剣に考える、私は生きていていいのだろうか。真面目な話、私の幸福を追い求めるなどという自分勝手な理由で、これからもこの迷惑な生命を永らえさせる権利などあるのだろうか。


私は正直言って、そんなに死にたいとは思わない。なぜなら私には趣味があるからだ。大好きなジョジョは最新刊も買って、まだまだ完結しそうにない。モブサイコ100の3期も発表されてない。まだまだ読みたいたくさんの小説がある。あと歌うことが好きだ。絵を描く事も好きだ。私が学校に行けず家に居続けた時は、スマホを見て世間の情報を見るのも辛くなっていたのでほとんど本を読んでいた。哲学の本も読んだし、推理小説も、SF小説も読んだ。あと最近アイドルも好きなのだ。外に出られないのでLIVEなどには行けないが、可愛い女の子達が懸命に活動している所を見るのは楽しい。


趣味に没頭している時は他のことを何も考えずにいられる。この世の苦しいことも、嫌いだったいじめっ子の腕に酷い自傷跡を見つけてしまった光景も、母親が鬱病になってから非行に走り出したかつて優等生だった幼馴染のことも、全て忘れていられる。だが果たして、それだけで生きていたいなどと思っていていいのだろうか。


趣味に没頭している時以外私は常に自分を苛むことばかり考え続けている。お前は必要ない、誰も彼もお前のことを嫌っていると囁き続けられるのが恐ろしくて、自分一人なのに急に怒鳴り声を上げて自分でびっくりすることがある。


誰にでも生きる価値があるだなんて綺麗事だ。現に法律は犯罪者を更生の見込みなしと踏むと死刑にするじゃないか。私一人が居ないことで、果たしてどれだけの人間が救われるんだろうか。そう考えると、死刑になった犯罪者よりも罪が重いのは私なのではなかろうかと思えてくる。


もしかしたら、私の家族は、私が自殺したら少しは悲しんでくれるかもしれない。私が元気で明るかった時のことを思い出して、涙を流してくれるかもしれない。しかししばらくして気がつくのだろう、私がいない事で随分と楽になった生活に。厄介払い出来たんだという喜びに。もしかしたら昔仲良くしてくれた友達が思い出して少し悲しくなるかもしれない。しかし彼らとはもう数年顔を合わせもしていない。思い出すとしても一瞬だろう。しかし、本当にそれだけなのだ。


私が生きていることによる利益などミジンコ程も無い。人の命は価値とか利益とかそういうものじゃないと綺麗事を言う人もいるかもしれないが、そんなお前でもニートの穀潰しを笑いながら馬鹿にするだろう。彼らが苦しんでいないとでも思っているのだろうか。当たり前に世間に適合できない辛さなど分からないのだろうか。世間から見れば親が離婚して、友達と上手くいかなくて、なんて理由は知らないことなのだ。私なんて一介の穀潰しなのだ。この世に適応できなかった弱い人間は、周囲の人より頑張れなかったただのクズなのだ。


私は私が生きていていいのか結論が出ない。結論が出ていないからまだ生きている。いや、結論は出てしまっているのかもしれない。生きる価値が無いのは明白なのだ。今すぐにでも死んで周りに楽をさせるべきなのだ。しかしそれが出来ないのは、正しく私がクズなのだからかもしれない。