今回のボランティアで主に回ったのは
気仙沼、南三陸町、石巻、女川など。
どれも被害が一番大きかった地域。
どこへ行くにも、東京と同じような
平穏な景色は一瞬もなくて
なーーーんにもない。
本当になにもない。
必ず視界の中に被災した悲惨な景色が
常に見えていて、非日常的な光景だった。
家の土台。
もうどこ通ってもこればっかり。
家によってはシャワーの蛇口とかタイルとか、少し前まで誰かが生活してた面影が残ってて本当に苦しかった。
防災対策庁舎。
津波がくる直前まで、津波が来るから逃げるよう放送で呼びかけていた結果、自分が逃げ切れず津波に飲まれ亡くなってしまった場所。
テレビで見たことはあったけどやっぱ自分の目で見たら言葉にならないほどの衝撃。
向洋高校。
津波に飲まれて3階まで浸水。
高校の周りの町は全部流されて
1年以上たった今はがれきも撤去済みで
完全にさら地。
窓ガラスは綺麗に3階のところまで割れていてその津波の恐怖が鮮明に残ってて、見てるだけでも怖くなった。
一番の衝撃だったのが女川町。
町ごと全てが津波に飲まれて
その後町全体が海に沈んだ町。
震災前
震災後一年
真ん中の建物は流されずに済んだんじゃなくて、津波によってどこかから流されてきた建物。
だから緑の部分が屋上で、横向に倒れてるの。
本当に同じ町なんて信じられない。
約30メートルの高台にある女川病院から
見下ろして撮った写真なんだけど
当時は病院の一階部分も浸水したらしい。
もう言葉が出ないほどの衝撃だった。
移動中もイオンとかラーメン屋があったりする場所があって、
ここら辺は津波が来なかったのかなー
とか思ってたら突然丸焦げになった小学校が出てきたり、よく見るとその裏の住宅街は全部家の土台だけだったり、海から近くないのに船があったり。
この3日間沢山悲しい思いをしたけど色々なことを感じられて
本当に来てよかったと思った。
地震がきて津波がきて放射能もあって。
どれだけ沢山の人がどれだけ多くの大切なものを失ったんだろう。
復興が少しずつ進んできた今自分たちに出来ることは何なんだろうって本気で考えるようにもなった。
make it = 最後までやり遂げる
どんなに時間がかかっても尽くします。
復興するその日まで。
make it!全員が同じ気持ちだよね。
We can make it!
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