11月に高校を卒業すると、翌日には日本に向けて発った長女。
当時、母は意識は朦朧とし、喋る事もほぼなくなっていました。
お見舞いに来てくれる人達の事も、弟のことすら忘れてしまった母でした。
母は頭の良い人で、とある都立進学校の事務長を務めるような人だったので、
ここまで何もかもできなくなり、寝たきりになるなんて、少なからずショックでした。
現役のころは忙しい母だったけれど、54歳で初めて孫ができました。
うちの長女でした。
傍からみても、長女は母にとってちょっと特別な孫だったと思います。
私が言うのははばかられるけれど、容姿端麗でどこでも人目を惹く子だったので、
連れ歩いたり、同僚に写真を見せたりと可愛がっていました。
だからこそ、母の人生がそろそろ終わるだろうという時に、私は長女に母を見送らせたかった。
18歳の若い子に、病人の面倒を見させるのは酷かもしれないと思ったけれど、
愛してくれた人が亡くなる時に、これまでの感謝を表現する事は、我が家を代表して娘のお祖母ちゃんへの最期の御勤めだと思いました。
オーストラリアから出国は去年からとても難しくなっています。
以前のように、好きな時に出国できない。
そして、オーストラリアに戻る時には強制的にホテルで2週間の隔離をさせられます。
その料金は3000ドル。
日本円にして25万円ほど。
私も母にもう一度会いたかったけれど、幼い息子二人を連れて、実家に戻っても、
本当に役に立てるのかわからなかったし、
オーストラリアに戻る時に、私と息子二人で5000ドルを払って、ホテルに2週間滞在する。。。
厳しい。。。と思い、やはり母が誰に一番会いたがるだろうと考えると、長女しかいませんでした。
それに、面倒見がよく、料理もできて、気さくな娘なので、
1人で在宅介護をしている父の助けになるかな?と。