どんなに疲れていても目覚ましが鳴るとすぐに目が覚めた。
朝7時。
部屋の中がひんやりとしている。
窓を開けっ放しで寝てしまったようだ。
勢いよくベッドから飛び起き、出発の準備を整える。
今日も一日動き回るんだ。
この日は一日サンフランシスコ市内観光に充てることにした。
スケジュールはすべてガイドブックを見て決める。
まずは朝食。
Sear's fine foodというパンケーキを出す店がホテルの近くにあった。
まだ7時半だというのに店の中に入るとすでに数組が待っていた。
だが私は一人だったので、すぐにカウンター席へと案内された。
名物パンケーキにソーセージを添えてもらい、オレンジジュースも注文した。
すぐに持ってこられたオレンジジュースは果肉が入っているフレッシュジュースだ。
続いて出てきたパンケーキはもちっとした食感でほんのり甘い。
添えられているバタークリームとシロップをかければ何枚でもいける。
かなりの枚数が出てきたがぺろりと平らげられそうだ。
満腹になったところで会計を済ませ店を出ると外にまで並ぶ人の列が伸びていた。
早起きは三文の得。
まさにこのことだ。
早起きした最大の理由はサンフランシスコ名物にある。
ケーブルカーだ。
前日、ケーブルカー乗り場近くを通りかかった時に見た長蛇の列が
朝7時半行動開始を決意させたのだった。
だがそれでも世界のツーリストたちは想像以上に早かった。
前日ほどではないにしろ、すでに20人ほどが並んでいる。
ケーブルカーに時刻表はなく、とにかく来るのを待つしかない。
次々に来ることもあれば、10分くらい来ないこともある。
1回に乗れる人数もそんなに多くないし、
みんな車両の横側に乗りたがるので回転率もよろしくない。
3台ほど見送った後、ようやく乗れた。
あえてサイドには回らず、後部の手すりにもたれかかり過ぎ去る街並みを見ることにした。
たくさんの観光客を乗せて急坂を上る。
130年以上前からこの街を走り続けているそうだ。
地中に埋められたケーブルだけでよくもまぁこんな坂を登れるものだ。
このケーブルカーは決して観光用ではなく市民の足としても現役バリバリだ。
途中で何度か客を乗せたり降ろしたりしながら坂の反対側、海側の終点へ着いた。
そこから歩いて5分くらいのところにフィッシャーマンズワーフがある。
ガイドブックにはおいしいレストランやらオススメショップなどが載っていたが
今の自分には全く関係ない情報である。
港をブラブラ歩いていると聞きなれない声が聞こえてきた。
近づいていくと湾内に浮かべられたいかだの上に大量のアザラシたちが。
そういえばガイドブックに小さく載っていたな。
日向ぼっこか?曇ってるけど。風は冷たいけど。
いい場所を取ろうとケンカしてるやつらもいる。
人間と変わらないな。
豪華なシーフード料理は食べるつもりはないけど、何か食べてみたい。
そんな欲求を満たしてくれたのはクラムチャウダー。
大きくて丸いパンをくり抜いてその中にクラムチャウダーを入れてくれる。
パンをちぎって浸しながら食べられてとてもいいのだが、
なぜかパンが酸っぱい。
サンフランシスコでは伝統のパンらしいのだが、どうもこの酸っぱさが口に合わない。
せっかくクラムチャウダーはウマイのに。
結局パンをほとんど食べることができず残してしまった。
カモメたちにあげようかと思ったが彼らの野性味を損なわせたくなかったので
心が痛んだがゴミ箱行きとなった。
サンフランシスコと言えば・・・でケーブルカーと双璧をなすもの。
そうゴールデンゲートブリッジ。
だがフィッシャーマンズワーフからはやや距離がある。
バスでも行けるのだが、ここは自転車を選択した。
レンタルバイクを借りひんやりとした空気の中へ漕ぎだした。
やはりサンフランシスコは坂の町である。
海岸沿いを走っているのにも関わらず次々と坂が目の前に現れる。
それもけっこうな急坂だ。
幸い、借りた自転車はマウンテンバイクだったのでギアチェンジを繰り返して急坂を上り
海風を顔中に浴びながら坂道を駆け下りた。
だんだんゴールデンゲートブリッジが近づいてきた。
霧はかかっていないが、空はどんより曇り空だ。
撮影スポットを求めて何度か移動し、もう充分というところで戻ることにした。
もう充分、というよりもいい加減寒くなってきてしまったのだ。
8月中旬と言っても15、6℃しかない。
上はパーカーを着こみ、下も長ズボンをはいていたが靴がサンダルだったのがまずかった。
だんだん足先が冷たくなり感覚もなくなってきた。
動いてないとマズそうだ、ということで戻ることにしたのだ。
私は無類の甘党である。
前夜ガイドブックをパラパラめくりながらこれだけは絶対に食べようと決めていたものがある。
ギラデリ・チョコレート・カフェのホットサンデーだ。
カップいっぱいのバニラアイスクリームにチョコレートソースがかかっている
毎日食べたら糖尿病まっしぐらなスイーツである。
相当なカロリーが予想されるのでこれを昼食とすることにした。
自転車を返却したその足でカフェへと向かう。
メニューを見るとホットサンデー以外にもそそられるものがたくさんあったが
ここは初志貫徹、一番人気のホットサンデーを注文した。
席に着き待つこと5分。
アメリカサイズのカップにたっぷり入ったホットサンデーが運ばれてきた。
「スプーンは何本?」とウェイターに聞かれ「1本で」と答えると
「え?1本?」と聞き返された。
そうだ一人だ。なんか文句あるか。
などと英語で言えるわけがなく、気にせず食べることにした。
まず一口。
甘い。
いやそれ以上に旨い。
冷たいアイスクリームと温かいチョコレートが絶妙に絡まってたまらなく旨い。
想像以上に大きかったがペロリと完食した。
幸せな気分で外に出ると空は青く晴れ渡っている。
先程まで空を覆っていた雲はどこへ行ってしまったのだろう。
この天気ならゴールデンゲートブリッジもきれいに見えただろうなぁ、などと考えても
さすがに今からもう一度行こうとは思えない。
何しろ自転車はもう返してしまったのだし。
フィッシャーマンズワーフではすることがなくなってしまった。
ひとまずホテルに戻ろう。
市街地まで戻るケーブルカーに乗るのにまた30分くらい待たねばならなかった。
気持ちがいいほどの青空だが相変わらず風は冷たい。
鎖抜けをしている大道芸人を見ながら体を動かし寒さを和らげようとしていた。
ホテルに戻って一息つき、ふと買い物でも行こうかと考えた。
よく考えてみればサンフランシスコでゆっくり買い物できるのも今日くらいだ。
ガイドブックを見ればリーバイスの本店もあるし、自分のところの店もある。
よし出かけてみよう。
最終的にジーンズ1本、Tシャツ1枚、トートバッグ3つ、マグカップ1つを買った。
そして街中でホットドッグを1本食べた。
さすがにホットサンデーだけではもたなかったのだ。
買い物を終えてもまだ太陽は高い。
この時、もっといい写真が撮りたいという気持ちがむくむくと湧き上がってきた。
被写体はゴールデンゲートブリッジである。
このまま晴れていればきっときれいな夕焼けをバックに撮れるんじゃないか?
思い始めたら止まらないのが旅に出た時の自分の癖である。
しかしケーブルカー乗り場には長蛇の列だ。
さてどうしたものかと地図を眺めていると、バスを乗り継げば近くまで行けることが判明。
早速近くのバス停からバスに乗り込んだ。
夕方の道が混んでいるのは東京もサンフランシスコも同じだった。
なかなか進まないバスにイライラしながら地図と周りの風景を見比べ
現在地を把握することに集中していた。
ようやく終点までやってきた。
バスを降りると空には雲が出ている。
そこから10分くらい歩き、海沿いへと出た。
午前中よりは多少マシだったが、ゴールデンゲートブリッジ周辺には雲がかかっていた。
あの青空はどこへ行ってしまったのか。
結果的に無駄足になってしまったが、ホテルの部屋でゴロゴロするよりはいいだろう。
どうせならここから別の方法で帰ろうなどと考え、
路面電車で海沿いをぐるり回って再び市街地へと戻ってきた。
通常の1.5倍くらい時間はかかったと思うが、
こういう一見無駄なことが旅には必要だと考えるタチだから仕方がない。
だがホテル近くに着くころにはぐったり疲れてしまい、
近くのバーガーキングで夕食を済ませた。
それにしてもジャンキーな食生活である。
朝パンケーキ、昼ホットサンデー、夜ハンバーガー。
おやつにクラムチャウダーとホットドッグ。
不健康だ。
だがこの先1週間はこんな生活が続くことだろう。
日本に帰った時のことを考えると恐ろしくなった。
ホテルへの帰り道。
コインランドリーを発見した。
今回はホテルで洗濯すればいいやと考え
あまり着替えを持って来てはいなかった。
明日からのことを考えるとここで洗濯しておいたほうがよさそうだ。
ホテルに戻ってシャワーを浴び、洗濯物を持ってコインランドリーへ向かった。
映画で見たことあるような洗濯機と乾燥機がずらっと並んだ大きなランドリーだ。
中には太った黒人のおばさんが2人。
1ドル入れて洗濯機スイッチオン。
もう1ドル入れて今度は乾燥機へ。
ゴーゴーと乾燥機が回る音、テレビから流れてくる音、そしておばさんたちの話声を聞きながら
暇つぶしに持ってきた『ミッドナイト・エクスプレス』を読みふけった。
相変わらず主人公は香港をうろうろしている。
果たしてロンドンへ向かう気はあるのだろうか。
マカオでのカジノ三昧が始まったころ乾燥機が止まった。
ホテルに戻って荷造りを始める。
明日は今日以上に早い。
そしてこの旅で最も不安で楽しみな一日だ。
ベッドにもぐりスポーツニュースを見た。
サンフランシスコジャイアンツは今日は勝ったようだ。
しかもサヨナラ勝ちだ。
スタジアムは相当盛り上がったことだろう。
今日行けばよかったかなぁなどと考えているうちに眠りに落ちていた。

