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「主体」と言った場合、それは何を意味しているでしょうか。
それは、明らかに「私」のことであるだろうし、誰か他のものを指す場合もある。
また、組織などのまとまった機能体を指す場合もあります。

ようするに、「主体」とは、ただの抽象語なので、対象を特定していない。
誰でも、どんなものでも、それは行為主、つまり「あるじ」の性格を持てば、主体と表すことができる。

この「あるじ」というのは、行為の主であるから、なにも完全に独自性を持った行為主である必要はない。
つまるところ、ある行為に責任を持っていることが、「私たちの関係にとっての主体」を作る、基礎条件なのです。

社会に行為者として認められる認知対象となるための、そこに必要な基礎条件を支えるものが、自主的責任性だからです。
ようは、自主的に責任を取れると見なされた「対象」が、私たちに把握されるべき主体ということになります。
あるいは、普通「主体」と認められないものに対しても、仮に責任があると見なされた場合には、そこに仮の主体性が認められる。それが、「主体」の認知対象となる条件であるからです。そして、仮の責任の働きが、仮であるだけに取り払われてしまえば、それはやはり「主体」とは考えられなくなるのです。

これまで、逆ピラミッドの概念や原理を紹介して来ましたが、当然、逆ピラミッドの世界でも、「主体」は、逆ピラミッドの世界に存在するすべての行為主を表します。

その意味で、人、集団、組織いずれも「主体」です。

私であろうが、国であろうが、味方であろうが、敵であろうが、理屈は同じです。

そして、逆ピラミッドの世界が、「主体」のために遥か上に開けていると見る時、その真下に居て、世界を見上げる「私」は、間違いなく「主体」であると同時に、他のすべての責任存在とも同格の、平等な「主体」であるという性質を持つことになります。

なぜなら、逆ピラミッドの下に居る「私」は、まったくの個人に戻ることになるからです。

そこに居る「主体」は、現実の力学世界ではどうであれ、逆ピラミッドの本に居る限り、関係の力学線を絶たれた、ただの一個人に戻る。
それだから、逆ピラミッドの世界の「主体」は、原理的にまったく平等なのです。

そして、組織や世界そのものも、「主体」と捉えることができますが、これは、特定の「誰でもない」はずの組織が、実際には個人の集合体であり、そのことによって組織を代表したり組織の決定を下す者は、必ずその権限を持った誰かということになる。
それが複数の場合でも、特に力を持った人や派閥が居れば、結局は、「誰でもなかった」はずの組織の決定は、ある特定の個人や意思の力で歪められることがある。

組織を動かすのは、結局「人」なので、これは避けられません。

組織は、誰でもないので、誰をも裏切らない。
だが、組織は裏切らないが、「人」は裏切る。あるいは、裏切ることができる。

でも、だからこそ、組織を味方につけるべきなのです。
裏切るのは、組織の中に居る個人です。あるいは特定の者たちです。

組織にとっては、この裏切り者を処罰することができればいい。そして、裏切り者たちに対処するためには、この誰でもない者の性質を持った組織の力がいる。

「私」が、組織の味方でいる限り、裏切り者を除外した、すべての組織は「私」の味方であるということになる。
だから、組織を味方にすることが、生きて行く知恵には何より重要なのです。

裏切るのは、「人」であって、組織ではありません。

組織は、「主体」の集まりであるから、それは特定の誰かではない、
「誰でもない」存在となります。

組織は「人」が動かすものである限り、その中に居る人の誰が裏切り出すようになるのか、それは結局のところ、わかりません。
言えることがあるとしたら、「裏切り」にも、それをさせる背景の力がからんでいるということです。だから、目には見えない人の背景の力学によく観察の注意を向けていれば、ある程度は、その人がどのように動くのか、また何故そのように動くのかが、見えて来るようになるでしょう。
しかし、すべてを予測することはできません。

それだからこそ、「主体」である私たちには、責任ある存在として社会の味方で居続けることが、よりよく人生を生きるための何よりの基礎条件となるのです。
それが、生きるための何よりの「礎」になるからです。

この「主体」の集まりにより社会組織が造られ、それが「誰ででもない」組織になるということは、それが「誰ででもある」組織であるということと、実は同じです。
誰でもない組織を味方にする人は、「主体」の活動とその意識によりすべての人と社会の根本力動から繋がりあっている。
いつでも、そのことを知っていることが、「主体」者の強みです。

社会の「主体」である「私」が社会の味方である限り、その「私」が孤立することは、あり得ないのです。
もし、裏切られるなどのことにより、一時的に孤立化することはあったとしても、それこそが見せかけに過ぎない。
そして、こんな「見せかけ」など、見破られるためにあることがわかる。

誰でもない組織は、すべての仲間を組織に持っています。だから、「私」も、その中で、すべての仲間を持っているのです。それを知っている「私たち」には、もう孤独を強く思うことはありません。
孤独と思い込むことが、間違いだとわかるはずだからです。
そう、たとえ今は「孤独」であっても、それは「いっときのこと」に過ぎない。

誰でもない社会は、いずれ必ずあなたに、「あなたの」必要とする味方を差し向けます。
そして、いずれ同じように、あなたの使命も必ず見えて来るのです。

その社会力学の原理の本にある限り、その力学を使い続けられる限り、「私たち」の世界は、永遠に私たち自身の力で、私たちのものとなるのです。

だからこそ、私たちは「主体」でなければならないのです。

そして、そのことにとってこそ、私が「私であること」の意味と、私が「私であると言えるのか」という問題があるのです。
それは、「私の」すべての存在と共に。


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