アザトいことばかりいう人は、やはり「インチキ」です。
人のインチキを見抜くことは、できれば自然にできた方がいい。
なぜなら、人はこういった問題に対して、認めることにも拒否反応を示すことが多いからです。
それでもインチキで迷惑や裏切りをする人は、実際にやって来ます。
だからこそ、それを見抜く目を「自然にわかる」レベルから持ちたい。
上から抑えつける「見識」のたぐいでは、自然の表れは、消しきれません。
逆なのです、光りを照らすことで問題そのものを見なければ、みんながインチキになってしまう。
インチキでなくする態度が、インチキの表れだと知ることです。
どうせ、隠れたアザトサのインチキに頼る程度なら、自分で勝手にインチキなものを掴んで来て、紙くずを握りしめて泣いているたぐいの結果になるのでしょう。
そうなるまでは、アザトサむき出しで、勝手に勝ちどきをあげているようになっているか もしれない。
しかし、自然な目が開いていれば、アザトサの向こう側ぐらいのものは、すぐに見えて来る。つまり、「やることが違う」ことは明らかです。
逆ピラミッドなら、アザトサなどどれほどのこともないことをすぐに見抜く力になる。
社会環境の力学を味方につけているから、自然な視野が自分に開かれて来るのです。目先のアザトサなど越える向こう側が。