あースゲェいらいらする。記事書いてる最中にログインが切れて投稿したら書いた記事が消えるとどういうことだよ!ふざけんなよ!あーアメーバももう少し配慮しろよ!なんでたった30分でログインが切れるんだよ!
基本うだうだ書いてるせいで一度書いたものと同じものは二度と書けないし、同じ題材を書こうとしてもどうしても二番煎じになってしまう・・・
アメーバがうぜぇー



今日は河合の東大コース説明会に本郷までいってきた。


まあ、それはいいとして
こっちが本来いらいらしていた内容。
「と禁 7巻」を読んだ。前から書いている通り、私ぺぷちは上条当麻、というか作者の鎌池和馬と酷く馬が合わない。これは自分の心が汚れているからかもしれないが上条の「みんな笑って迎えられ未来を勝ち取ろうぜ」みたいなのが大っ嫌いだ。

必要悪の恩恵を享受している一員であるにも関わらず、綺麗事を並べ正義だと主張し必要悪の存在を認めない。そして、終わりには自分が正義の味方だと信じて疑わず、その立場に酔う。卑怯だろ。見てて本当にイライラする。


7巻のイライラしたポイント

○立場が逆転すると描写が露骨に変わる。
天草式が実はオルソラを守ろうとしていたことが発覚するといきなりローマ聖教のキャラの描写が酷くなる。確かにストーリー展開をしていく上でキャラの描写が変わるのは当たり前だがあまりにも露骨すぎる。主人公と一緒にいた時はいいやつなのに敵対した瞬間こんな糞野郎になるかよ。

○論理が気に食わない。
火災が発生した家に子供が取り残されていた時、目撃者である主人公には火の中に飛び込む義務はないんだと諭すインデックスの場面。上条が行き着く結論(作者が是とする考え)は、確かに火災が起こった家で子供が取り残されていたとしたら目撃者である主人公に火の中に飛び込む義務はないし、寧ろ早く助けを呼んだ方がいいかもしれないが取り残された子供が自分の助けを信じてくれている限りそれに背を向けたくはない、だとよ。自分勝手な自己満足を美化しているようにしか聞こえない。取り残された子供にとっても火の中に飛び込むよりさっさっと消防士を呼んだ方がいいし、何より火の中に飛び込んだはいいが勝手に死なれたらそれこそ周りは良い迷惑だろう。


○矛盾するキャラ
天草式のキャラである建宮は何故オルソラを助ける?と聞かれると間髪いれず「理由なんてねぇ!」と答える。ここからわかるとおり命は絶対に大切にしなきゃダメという信念の持ち主。そう、上条と根は同じキャラであり俺が嫌いなキャラでもある。そんなこといいながら「しかたねぇなぁ~」とかいいながら主人公を殺そうとしてるって本末転倒だろ(笑)この偽善者が!

多くの漫画の主人公や過剰な環境保護団体・人権保護団体に見える生命至上主義者にいえることは常に自分は「敵味方関係なく命を守る正義の味方」と自負し、例え相手が必要悪だとしても相手が「悪」で自分が「正義」という構図を作りだし、その立場に酔う。その必要悪の恩恵を受けていることを知らず。真の卑怯者は正義の体面だけを気にした生命至上主義者だろう。

○主人公の稚拙な価値観
天草式が勢力を保つために(これはただの誤解であったが)オルソラを求めていることに対して上条当麻は「彼女の努力を『私欲』に利用しようとしている男が目の前にいる」と言っている事からわかるとおり、天草式の安全を確保することを「私欲」と言っている。読んだ瞬間なかなか最低な主人公だと思ったよ。天草式の人達にとって死活問題であり、生き残れるかどうかの駆け引きを「私欲」と切り捨てるのはいかがなものかと。自己満足だけでそいつらの命運を断ち切ろうとしている上条の方がよっぽど「私欲」だろ。



たかがフィクションのラノベにそこまでと思われるかもしれないが、こういった一見みんなの味方に見える独善的な考え方は現在の日本の憲法9条や温暖化問題にも見られる気がする。


憲法9条なら自分達もアメリカ軍(必要悪)に守られているにも関わらず平和主義(綺麗事)を誇ることにあてはまる。


温暖化問題なら不確かな二酸化炭素の温室効果説を盲信し、人間が住みやすい環境、あるいは人間がいた時代の環境をさも地球本来の環境であると勝手に決めつけ騒いでいることなどにあてはまる。


中庸な視点こそが1番大事