映画製作からテレビ制作に移って暫く経ちました。

前の仕事と新しい仕事が混沌としていましたが、なんとなく落ち着いてきたというか、生活の流れが変わってきた感じです。

ほぼドラマ制作に専念する環境になってきたのに合わせて、これまで映画モードだった自分のフォーマットをテレビ用に更新していく感じ。


今やっているテレビ番組の現場の撮りが終わって(ポスプロはまだ残ってるけどね)、打ち上げもありました。

一つの終わりを経験すると、少しだけ前に進んだ気がします。

僕自身は大して何もやってないし、自分の中の何かが変わったってわけでもないんだけど、自分が立っている舞台の場面転換があったような気がして、自分も変わんなくちゃって思います。


腰が据わらないまま今の会社で仕事を続けてきましたが、まだ当分は少しずつ変わっていけるように、自分を柔らかく保っていきたい。

もう少し自分のやりたいことを見極めて行きたいと思っています。


そんなこんなで、来月に入ると1ヶ月近く京都でドラマの撮影に入ります。

一人暮らしなんてすごく久しぶり。

まずは小僧働きからだし、のんびりする余裕なんてないだろうけど、たまには夜遊びもしてみたい!

いつもと違った場所でがんばってみるのも面白そうな気がしています。

今回は日記というか、本当に備忘録のようなことを書いていますのであまり面白くありません…。


さてプロデューサーには3つのタイプがある、とある人に言われたことがある。

1.オーガナイザー

2.クリエイター

3.ブローカー

1.は仕組みを作れる人。作品の方向を決め、クリエイターを集め、出資者を募り、流通を決めて収益を上げる。

2.は作品の内容にこだわる人。何をどう作るかにはこだわりと能力を発揮するけれど、商業的な発想力や実行力に欠ける、もしくは興味がない。

3.は商品として作品を作り、流通させる人。職業として製作に携わる人。企画には敏感だけど、内容云々よりもどう売るかに興味がある。

乱暴にまとめるとこんな感じ。

程度の差や、時と場合によって立場が変わる人もいるだろうけれど、志向する傾向はどこかに当てはまる気がする。

もちろん理想的には1.がやりがいも世間的評価もあるに違いない。

個人で会社を興した人などはこういう人ですね。でも一番大変だし才能も必要。

良くも悪くもオーガナイザーになれる人はあくが強い人が多い。

まあそうじゃないとなれないというか。

2.はやはりもともと監督や脚本家とか創作に携わりたかった人なんだろうけど、現実は厳しい。

大きい会社でも個人でも成功しなければ次の作品にはつながらない。

3.は自分の中に企画力や発想力がなくても大丈夫なので、企画への嗅覚次第。必要なものは人脈と人柄。

で、多いのはやっぱり3.だと思う。

僕は、恥ずかしながら2.を目指していた。

でも最初に2.から入ろうというのはかなり無謀。

実績なくして作品のアイデアや方向性など語っても誰も聞いてくれないのは当然。

進化の道筋としては3→2→1、なんだろうな普通の場合。


自分をよく知り、自分が持っている他の誰かに負けない「何か」をはっきりさせなければ生き残ってはいけない。

プロデューサーとしての天分を持つ人には、ある時天啓のごとくわかる時がくるのだそうだ。

いつになっても「俺、どこも自信ないなあ」という人は…きっとどこかでプロデューサーというものを考え直した方がいいんだろうな。

自分の中に信じるものがあってこそ、初めて自分の作品に自信を持てるし、成功に導くための責任をとる覚悟ができるのだから。

その「何か」が最初から見えていない場合もあるし、「何か」だと思い込んでいたものとは別の「何か」に気がつく場合もある。その「何か」がまったく役に立たないことだってあるだろう。

偉そうなことを言ったって、まだ僕にもそれがはっきり確信できていないのだね。

うかうかしていたのでは答えは見つからない。



既に異動で部署が変わってしまっているのですが、9月13日(土)に製作Pを務めた映画がついに公開!

「大決戦!超ウルトラ8兄弟」です。

まあ、ここまできたので最後まで関わります。

本当は会社的にNGなんだけど…まあご褒美なのか好きにさせてもらってます。

これまで単館作品に関わったことはあったけど、全国ロードショー作品はこれが初めて。

知らないことも多くて苦労もしました。

で、やっと少しわかってきた今、異動なのが残念です。

少しずつ実績を積み重ねていければ、とは思うのだけれど目標とする監督、プロデューサーが自分と同じ年でどんな仕事をしていたかを知ると、ちょっとへこむ。

なにしろ誕生日を迎えてすぐなのもあるけれど、こっちはこの年でまだ「かけだし」だからね。

次につながる仕事が出来るようにがんばろう。


写真は10月までみなとみらいフェスタとタイアップで渋谷-元町中華街間を走るキャンペーン電車。

これ全車両がウルトラになっている特別編成電車です。

1編成しかないのですが不思議とこのウルトラ電車に乗ることが多い。

やっぱりご縁があるのだね。

フジモトに連れ去られて姿が見えなくなったポニョを探して必死に海に入る宗介。

宗介に会いたいという思いを叶えたくて嵐を起こし、怪物のような高波に乗って疾走するポニョ。

ああ、素晴らしい!

久しぶりに宮崎監督の映画を見て感じる高揚感。

カエルみたいのは別にしてポニョかわいいしね。

このところの宮崎監督作品に対して懐疑的な感想しか持てなくなってきていたのですが、久しぶりにいいものを見せてもらいました。

一面的な見方が決して正しくないのはわかっているけれど、、『どれだけ人間らしさを描写するか』が僕の宮崎監督作品に感じる良さです。

動きとか、キャラクターの魅力とか、色彩とか、ストーリーとか、いろいろ評価する基準は人それぞれだろうけれど。

どうせクライマックスとかエンディングのまとめ方とか構成とか、はなから重要視しちゃいないんだろうから、完成度とか言っちゃいかんのですよ。

そう思いません?どう考えても行き当たりばったりな感じだもの。

この作品でも、自然な描写なんてほとんどなかったように思う。

むしろリアルなものを超越したところに逆に純粋な人間らしさを描き出して見せるところが、宮崎監督らしいところ。

人間というものへの憧れと信頼と愛情を感じます。

理念とか、テーマとかポリシーとかもうそんなものはいいんですよ、

感情の迸りを如何に描くか、がツボなんですよね。

しかも今回は登場人物の感情を説明する以外の説明はほとんど省かれています。

ふつうはそれで成立はしないよね。

でも不思議に成立してる。

それはこの話が思考によって成立しているのではなく、行動と感情の流れによって成立しているから、ではないでしょうか。

「崖の上のポニョ」は久しぶりにプラス思考で楽しいと感じた映画でした。


…初めて書く映画ブログ。

タイトルにも書いてあるのになあ。

去年夏ぐらいから観る本数が激減したこともあるんだけど、観ていなかった訳でもなく。

というわけで、最初のタイトルが「ミスト」。

観たのは5月27日なので相当前なのですが、まずはこちらからいってみましょう。

今年になって見た映画のうち、一番衝撃的な映画だったということで。


スティーブン・キング原作でフランク・ダラボン監督作品といえば、「ショーシャンクの空に」と「グリーンマイル」がある。

いずれもキング作品の中ではホラーではないジャンルの作品。

監督としてのフランク・ダラボンは、ストーリーやギミックよりも、『人間』を見せたいという印象を受ける。

「ショーシャンクの空に」では無実の罪で収監されたデュフレーンと、刑務所の古参でやがて心を通わせるレッドの描写が秀逸だった。

でも一方で脚本はというと、「エルム街の悪夢」、「ブロブ」、「ザ・フライ」なんて案外悪趣味なものも書いていたりするのね。

で、今回の「ミスト」は…監督兼脚本。

ということで本作「ミスト」は秀逸な人間ドラマながら、キツい描写が盛りだくさんというダラボン監督の真骨頂が堪能できる作品になっている!

心臓の悪い人には向かないかも。


これから観る人に最後までのネタばらしをしてしまうと魅力がた落ちなのであんまり詳しくは書けない。

突然現れた霧が街を覆い、霧の中に潜む異形のものたちに追われスーパーマーケットに閉じ込められる人たち。

閉塞感と恐怖が溢れかえる空間。

霧の中から現れ、跋扈する怪物たちは着実に人々を死に誘い、狂気を呼ぶ。

人々に救済の時は来るのか。


この作品、ホラーとしてなかなか良い出来だと思う。

でも、ただのB級映画にしないところはさすがダラボン監督。

一見、オーソドックな巻き込まれ型のホラーのようだけど、この映画のポイントは極限の状態に置かれた人間がどうなるのかということ。

その際に自分が行った選択によっては非常に悔やまれる結果を生む場合もある。

不安定な生き物である人間に、あまりに重い選択を課されることの無常さ。


ダラボン監督こだわりのラストは原作にはないもの、むしろ逆の表現というべきものになっている。

これほどまでに激しく心を打たれる結末はなかったなあ…。

これが映画の中で良かった、と思った。

生きていくこと(あるいは死んでいくこと)においては、どんな人生であっても必ずいろいろな選択を迫られる瞬間がくるのだ。

それは日常においても、非日常においても