2年目の中ごろに東京への転勤となりました。
取り扱う製品も変わり、異なる営業課への異動でした。
初めての東京圏は新鮮で、どこに行くのもウキウキしていました。
今後の進学先を考えている方は東京の大学に進学されることをお勧めします。
各種イベントも東京で行われますし、お店も多いですし、学生にとっても天国の様な気がします(笑)
大阪は大阪で楽しかったですし、住めば都なのでどこの地方に行っても楽しいでしょうけど。
仕事の方は少し置いておきます。
東京はすごく楽しい街でした。
まぁ、お金はかかりますが(笑)
大阪勤務時代は合コンにあまり行きませんでしたが、東京時代は月に2回くらい参加してました。
高校時代の友達が東京に多く、そのうちの一人が尋常じゃないくらいの合コン狂だったのです。
年間50回の合コン参加、知り合った女性をエクセルで管理・統制、etc...
その熱意を仕事に回せよ、とういうのは低俗な質問で、彼は仕事の熱意も凄まじいのです。
大手化学メーカーに勤務しているのですが、人事評価でSをとったり、最近では念願の海外事業部への異動も決め破竹の勢いで突き進んでいます。
さらに、彼は東京住まいではありませんでした。
もちろん合コン場所は東京です。
彼は片道2時間弱かけて戦場に来ます、しかもホテル予約をせずに(笑)
完全に持ち帰ることが前提なのです。
成功率は100%じゃないのですが、撃沈したときは個室ビデオ屋に泊まるという・・・。
東京住まいの僕たちとはモチベーションが違うのです。
どんな怪物やねんとお思いの方もいるでしょう。
さすがは神様、世の中上手くできております、彼はB線なのです。
合コン会場でも半端じゃない勢いで一騎駆けするのですが、僕らからすると彼はフィールド外なのです。
一人だけ違う種目をしていることに本人だけ気づいていないのですorz
まぁ本人からすれば立派に戦っているので何も問題はないのですが。
彼は出会った女性との関係を継続させるために、年明けには“あけおめメール”を一斉送信します。
合コンで知り合った子を芋づる方式で次の合コンに繋げるという意識のもと、エクセル管理はかかせないのだそうです。
「50人ぐらいから明けおめメールの返信あったわ」という彼も今年で30才です。
東京に異動になってからは勉強期間として少しのお客さんを担当しつつ、海外営業の担当になりました。
僕の会社、というか部署はかなり規模が小さく、若手の僕に任せざるをえない状況でした。
英語を使える人がいませんでした。
僕としてはラッキーな任命でしたが。
初めての海外出張はシンガポール、フィリピン、タイの3ヶ国でした。
コンサルティング会社の方と同行させて頂き、非常に勉強になった出張でした。
この方もすごく優秀な方です。
海外出張というと聞こえはいいですが、仕事内容・準備はすごく地味でした。
というのも、僕の部署は海外に営業拠点をもっていないので、下地がなかったのです。
日本からメールと電話で新規訪問のアポ取りをして、飛行機、ホテル、現地の車とドライバーを手配するといった具合です。
漫画やテレビで見るような重要な交渉をというよりは、地道な認知度UP・営業活動です。
3ヵ月に1~2回の頻度で海外出張に行きました。
今ではパスポートの入出国のスタンプ欄が埋まるほど海外へ行きました。
僕が海外営業で感じたことは、日本で新規のアポを取るより圧倒的に海外の方が新規アポを取りやすいということです。
日本だと大体以下の様な流れになります。
担当者が分からない状態でアポ電話 → 受付担当者からの担当者不在(居留守)の連絡を受ける、もしくは決裁権のない担当者を紹介される → 商談 → 担当者が納得すれば、先方側で検討 → ようやく決裁権のある担当者が登場といった感じです。
業務の忙しさも関係していると思いますが、日系企業の海外現地法人は日本人担当者が数人(少ない場合は一人)であることが多く、最初から決裁権のある担当者と商談に入ります。
また、日本人同士であることも作用するのか海外で居留守等を使われることは極めて稀です。
もちろん、最初の段階で誰かからの紹介を介してアポを取るのがベストです。
話もスムーズに進みますし、何しろ警戒されません(笑)
この紹介を受けることが、“人脈”なのでしょう。
社会人としての経験を積めば人脈は広がります。
僕がお会いして尊敬できる方たちは、この人脈を駆使して“快く”手助けしてくれます。
この“快く”というのが、かっこいいのです。
商売に繋がる、繋がらないは別にして、「そういうことなら~さんを紹介するよ」とさっと言えるビジネスマンになろうと思います。
さっと言うには、異業種の方々と交わり、信頼関係を築く必要があります。
就職前はビジネスマンとしての理想像を全く想像できませんでしたが、今は少しずつ描けています。
バンコクでの仕事内容は色々と制約がありブログには書けないので、第三部はこれぐらいしか書くことがなくて・・・。
少し強引ですが、話をまとめます。
僕には、1億円を貯めて芝生のグランドを地元のサッカーチームに寄付するという明確な目標があります。
目標さえ決まれば、あとは方法を考えるだけです。
注意・・・僕はサボり症があるので、自分に甘×2な戦略です。
収入の仕組みとして、ビジネスを起こすことと、株取引の2つを考えています。
株取引に関しては、50万円からスタートしました。
ある程度まとまった金額に膨れ上がりましたが、無理をせずに今まで通りのスタンスで続行します。
ビジネスを起こすことに関しては、ぼんやりとですが自分でビジネスを起こすことを具体的に考えるようになり、今年はすごく小さいスタートを始める年になりそうです。
第三部の題名は“浮き輪から船へ”としました。
社会人になり会社に就職した最初の3年間は起業ということを考える時間がすごく少なかったことは否めません。
知らず知らずのうちに流されている状況は非常に危険だと思います。
大学時代に流されるのが嫌で留学したにも関わらず、社会人になってからの3年間で無意識のうちに流されそうになっていました。
無意識というのが落とし穴で、サラリーマンの場合、日々の業務を一生懸命こなすとすぐに年月が経ちます。
5分間でもいいので、自分の人生を考えることは非常に大事だと思います。
これが、なかなか出来ないものなのですが(笑)
サラリーマンという人生がいい悪いという話ではありません。
自分で納得したのであればサラリーマン人生も素晴らしいものです。
本当に意識的に考える時間を設けないと、考える時間さえも手に入らないのが普通です。
平日は仕事、週末は休息&遊びで埋まりますからね。
僕はたまたまタイに赴任になり、家事・炊事・通勤から完全に解放され、ゆっくりと物思いにふける時間が確保されたことが幸いでした。
もちろん、タイで知り合った方との交流も非常に大きいですが。
浮き輪のようにプカプカと浮かんでいる人生から、泥船でもいいので目的(方向)をもった船に乗る人生を意識しています。
とりあえず、以上で第一部~第三部の物語は終了となります。
今後は普通の(?)ブログっぽくテーマを設けてつらつらと自分の考えを述べたいと思います。
以上、第三部 浮き輪から船へ(就職後~現在) 完
by ぺぺ
