と
昨日今日鬱になり、
夜間働いたら前向きに…と言う言い方は、
鬱に悩んでいる人に失礼だ、
と、言うのも納得は出来るけれど、
悩みと鬱の差は何だろうと考えるも、
いや、
そうではなく、
軽い鬱で大変なんだとひけらかす感じになると、
急に不快になるのだと思う。
これはノロケにも言えることだと思う。
ノロケは何か微笑ましいが、
自慢や、いつの間にかすり変わった悪口や皮肉は
聞いていて心地良いはずがない。
そりゃねぃと思う。
悩んでいるのだから同情はされても
非難されるものではないと思う。
他の要素がないのならば。
と言う話よりかは、
悩みを解決するのは、
結構些細なことだなぁと思う訳で、
こっちの悩みも知らず、
いつもの様にメールをくれたりとか、
仕事場の人の対応がいつも通りだったりとか、
本当普段では気にもとめないことだったりする。
ちなみに、
自分の悩みよりでかい悩みを聞いて解決する様な展開。
あれは好きではない。
そう言うことなら
悩める人なんてろくすっぽいないのではなかろうか。
恵まれていようが、
下らないことであれ悩んでいるのだから、
同情ではないにしろ、
解決すれば良いなぁと思う。
僕の悩みは根本的には
まるで解決していないのだけれど、
気持ちは楽になりました。
悩んだらまずいつもの習慣をなぞるのが良いと思います。
終わり。
と
あぶすさらむかなむずならが、
なすくすらなさなからなまなむ、
くすとぅすのらなかっまなむずさなむ、
・・・と、
意味を持たせないような言葉をかこうとすると、
僕の場合は母音は‘あ’と‘う’がやたらと多い。
‘あうあう’という感じだと思う。
意味を持った言葉をと思うときに、
‘いえお’が出てくるわけなのだけど、
これは何なのだろうと?
考えてみたところ、
口をあける、窄めるをするときに、
何にもしないようにつとめると、
‘あうあう’となるようで、
‘あえあえ’だと区別がつかなく、
‘あおあお’だと脱力感は内容で、
‘あいあい’だと言うのが疲れてしまう感じが。
ちなみに‘あうあう’と繰り返していると、
‘わわわわわ’と聞こえてきて、
これは高校のとき白黒の模様のこまをまわして、
色が見えたときの驚きに似ている。
古典で出てくる‘だに’が、‘~すら’と言う意味だと知ったとき、
未だにの‘だに’もここから来てたんだと言うことを知ったことに似てるように思える。
結局何が言いたいかといえば、
わけの分からないような内容を書こうにも、
本人が自覚してる時点でわけは分からなくならないなぁということで、
何で皆わからないのだろうと自覚してないことの方がわけが分からないような気が。
そういった意味で、
僕が言う中でわけが分からないことはなんだろうと考えたのだが、
一向に思いつかない。
理解する気がうせることは沢山あると思うけれど。
ではでは。
うぃ
冬が好きなのだけれど、
前は夏が嫌いだったから好きだったりなのだけど、
今は夏も嫌いな訳ではないので、
消去法ではなく、
改めて冬が好きなのだと自己確認したり。
どこが良いのかなぁと考えると、
冷たい空気が心地良いのは前からで、
最近は空気が澄んでいて、
空の淡さも感じれるのが良いなぁと。
夏の空には存在感のある入道雲が頭に浮ぶけれど、
冬の空、
特に晴れている時は淡い雲が浮かぶ気がして、
なにか儚い感じが。
たなびいて、
散って行くその様をさらしている風に見えてしまう。
変に擬人化するのもおかしな話だけれど。
あと、
映画でのお葬式、
特に日本は夏がコントラストとして描かれる様な
勝手なイメージがあるのだけれど、
冬が僕は良いなぁと。
悲しいことも、
嬉しいことも下地は冬が良い。
身動きもとれない、その煩しさが、
なんとなく良い気がする。
見えなかったものが視覚化する、
はく息なんかもそうだけど、
気付かなかったことを気付く様な。
ゆっくり、
そう言うことと向き合う、
そんな季節だと思う。