剛の者は頼もしい者,頼もしい者は,剛の者。近年の若者達は,身体を鍛え上げる事に専念をして,心を鍛えてはいない。心の鍛え方を知らない者ばかりが意気揚々としている。実に残念な生き方をしている。若いうちに心を鍛えておかないと,社会での一面や大人との人付き合いに大きな過失を生んでしまう。筋力の衰えなど気にもせず,心の衰えを一番に考慮しなければ,弱肉強食の世の中や横浜では名高く生きては行けないだろう。若い頃の苦痛や苦悩が将来の己を左右する。外見的な魅力の裏には,必ずや弱視される内面性がある。近年の若者達には,筋力があってもいざというときの能力がない。平成生まれの男子の弱体化により,ここ横浜では,カタギも不良も紙一重の力量になり,蝸角の争いばかりが勃発する現実である。横浜各地の猛者と呼ばれる名高い武将が,横浜男子の現代教育の犠牲者として最前線に立ち,外見重視の若者達に苦痛と苦難を自らの威を持って叩き込まなければいけない。親が子供を甘えん坊にしている,親が子供を腐らせる。これが現実とも認識しない親が,子供達の平和の為に威を持った男子達を檻の中にぶち込む。横浜だけでなく,現代教育はこれが一番の間違えである。教育崩壊により世の中の若者が弱肉になり,上乗社会では異国の上司に喰われる。人は全て環境や教育により強弱が年々身に付いて行くものである。政治や天災に不安や心配をする前に,自らの血と骨に稔りを願い精進するべきである。有能な人々が存在しなければ世の中は弱視され弱体化する。有能は自らの苦悩から生まれ,そして有能が頭角を現す為の一歩は,威厳を示し苦痛を味わった者にしかわからない。威が表面化されない他力本願な内弁慶は,財や富にたどり着いた時,真の威を持った者に財も富も喰われるだろう。男子ならば,義があっても勇がなければ意味がない。高飛車を用いた者も,いざというときには圧力に屈伏してしまう。真の威を用いて利を成すことが安泰という現実を生むだろう。人間,人生一路であるならば,若気の至りで遠周りや寄り道を繰り返し,そこで自分流の独行道を学び個人差が生まれる。学ぶ事も,我慢も勇気も覚醒していない男子には,威厳ある老いた先輩方の時代錯誤の教育が,必ずや大役を果たすだろう。善にも悪にも勇猛果敢な男子なければ本来の日本でもない。現世に精進する少年には,来世に向け大志大願を抱いて戴きたい。
傾奇御免 池上学司