車椅子のゆきっこの奮闘記 -5ページ目

車椅子のゆきっこの奮闘記

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ご無沙汰です。



ちょっとネガティブになっています。



でも今日は親友と慎吾ちゃんのお誕生日だから久しぶりに日記書きます。



まずはHappy birthday!



慎吾ちゃん大好きだよ



お爺ちゃんになっても大好きだよ



応援しているよニコニコ



パワーをいつもありがとうグッド!



ところでNHK学園社会福祉士養成講座の第1次募集の小論文と願書等提出してなんか気が抜けた。



明後日には合否の結果発表が発送されるというのにショック!



でも今住んでいる所には見切りを付けた。



はっきり言ってこの県にペンギンが自立生活出来る場所は無し。



とりあえずまだここに住んでいる間の為に明後日JIL(全国自立生活センター協議会)の事務局の人とCIL東大和に自薦ヘルパー等について聞いてきます。



だいたい今後住みたい場所はもう決めてあるんだけど。



誰かProgressive Encephalomyelitis with Rigidityの事調べてくれないかな?



せめて仲間が欲しいよねダウン



独りで進行性の希少難病と闘うって結構勇気いるんだけど誰もわかっちゃくれない。



ALS協会の会長さんに医療・福祉系の学校に売り込んで講師として自分の経験を話したらって言われた。



母校に売り込むか?



そうそうネガティブな理由。



耳がダメになってきた。



もともと左耳は全く聞こえていなかったけど右耳でカバーして4級でまあ補聴器は時たま使う程度。



ところがこの1ヶ月急に右耳も聞こえなくなってテレビ見るのに補聴器は必需品。



聴力検査をしたら聴覚障害では一番悪い2級相当。



データを補聴器の会社に持って行ったら驚かれた。



っていうか怒られた?



耳が悪くなったと思ったらすぐに病院に行って下さいって。



だって受け止めたくない事実ってもんがあるでしょう?



補聴器の買い替えの時期だったし9月には再認定の予定だからそれまで憂鬱ダウン
7日の日は大叔父様夫妻とその息子さん夫妻(息子さんは母の従兄弟)に招待され早稲田に行きました。



早稲田の大隈講堂の前には大叔父様が作詞した応援歌の歌碑があるのです。



数年前の除幕式には祖母達きょうだいも招待されとても盛大に行われたとか。



待ち合わせの時間より早く着いたペンギン達はリーガ・ロイヤルホテルで軽くケーキセットを頂きました。



それから息子さん夫妻の車に乗って大叔父様夫妻が来ました。



早速大叔父様自らが石碑のある大隈講堂前に案内して下さいました。



大叔父様は頼まれていろんな学校の校歌も作詞しているそうです。



大叔父様も息子さんも早稲田卒なので応援歌を歌ってとリクエストしたのですが大叔父様は無視、息子さんも照れて結局1番だけしか歌ってくれませんでした。



みんなで石碑の前で写真を撮って、全員の写真も撮ってもらおうと二人連れの男子学生さんに声をかけて撮ってもらいました。



その際母が学生さんに「この応援歌歌ってる?」と聞くと「歌ってます」っていう返事が返ってきたので「この応援歌の作詞をしたのはこの方なのよ」と言うと「すみません僕達も一緒に写真撮って下さい」ってリュックからデジカメ出して一緒に写真撮ってもらっていました。



その後大隈記念タワーといって早稲田大学卒業生の中でも特別なカードを持っている人としか入れない16階建ての展望台に大叔父様がカードを持っていたので行きました。



天気が良かったので東京スカイツリーと東京ドームや東京ドームシティのジェットコースターがはっきり見えました。



絶景だったのは富士山が見えた事です。



大隈記念タワーを後にして大隈講堂に入ると早稲田大学マスコットBIG BEARがでんと置いてありました。



大隈→大熊→BIG BEAR?



みんなで記念写真を撮りました。



それからまたリーガ・ロイヤルホテルに戻り中華料理を頂きました。



とても少量ずつでいろんな種類を楽しめました。



正直大叔父様夫妻とは以前お会いしているので大丈夫でしたが息子さん夫妻とは少なくとも障害を持ってから会った事が無かったのでどう対応されるかわからずとても緊張しました。



でもとても感じの良い夫妻だったので安心しました。



とても良い会でした。