こんにちは、やまけんです。

 

 

本日は、精神の変容プロセスについて書いていきたいと思います。最終的に「サレンダー」の境地のようなお話になっていくので、ぜひお楽しみにしてください。

 

 

精神変容プロセス・発達プロセスに関しては、様々な理論があり、米心理学者エリクソンが提唱した「心理社会的発達理論(psychosocial development)」であったり、フロイトやピアジェが提唱したもの等もあるのですが、

 

 

ここでは、独哲学者ニーチェの言及した精神の「三段の変化」を取り上げたいと思います。

 

 

私自身にも当てはまったので、皆さまもお考えいただくと面白いかもしれません。

 

 

それでは、早速内容へと入っていきます。

 

 

ニーチェの述べた精神の三段の変化とは?

 

 

精神の三段の変化とは、

 

精神が ラクダ ⇒ ライオン ⇒ 幼子 へと変化していくプロセスのことです。

 

 

「ラクダ」「ライオン」「幼子」という三つの比喩的な類型を用いて、人間の精神の在りようの変化が寓話的に岩波文庫『ツァラトゥストラはこう言った』の中で語られました。

 

 

まずは、ラクダの状態について見ていきましょう。

 

 

ラクダの状態は、人間の精神成長期に該当します。

 

 

学校教育や社内教育を受け、教えを真剣に受け止める時代です。

 

 

既存の常識や権威に、絶対的に服従するステージともいえます。

 

 

学校や会社、社会が説く価値や信条をへりくだって受け入れ、それが苦痛として重くのしかかるにも関わらず、ひたすら従順に従う精神状態です。

 

 

ラクダは、ひたすら耐えしのいでいるような状態です。人間に荷物を押し付けられても、我慢して運んでいるのです。

 

 

「耐える」ということがもはや美徳になっている段階ですが、さすがに疲労も蓄積していきます。

 

 

ラクダが疲弊すると、それまでできていた義務の遂行が次第に立ち行かなくなります。

 

 

この時期がまさに、「今までできていたことが難しくなってくる」「ものごとが長続きしなくなった」状態です。

 

 

場合によっては、「うつ」状態も現われてくるようになります。

 

 

このような重荷が耐えきれなくなった時、重荷を背負って砂漠の中へと急ぐラクダのように、彼の孤独の砂漠の中へと急いでいくのです。

 

 

 

次にライオンの状態について、見てみましょう。

 

 

ライオンの状態は、孤独が極まる中で、これまで盲従してきた価値や信条を疑い、それを否定する段階です。

 

 

ラクダとなっていた精神が自らの既存の在り方を克服し、自由を勝ち得ようとしたとき、このライオンのステージはやってきます。

 

 

獰猛なライオンの精神は、それまでに自分を支配してきた価値や信条である巨大な竜を探し出し、それに闘いを挑むようになります。

 

 

この竜は「汝なすべし(解釈:お前は俺の要求する義務を果たせ)」と言う。

 

 

そして、ライオンは、「われは欲する(解釈:俺は俺の道を行くぜ)」と叫ぶ。

 

 

しかし、既存の価値体系(巨大の竜)を破壊するならば、新しい価値を自ら創造する必要がどうしても出てきます。

 

 

 

既存の価値体系に対する否定・対抗だけでは、精神が完全な成長を遂げたことにはならないからです。

 

 

たしかに、新しい価値を創造するための自由を手に入れ、「なすべし」という義務を払いのけるには、ライオンの力でなければできません。

 

 

しかし、ライオンには、新しい価値を創造するほどの力がなく、苦悩することになります。

 

 

 

そして、次に至るのが、幼子の状態です。

 

 

なぜ幼子なのでしょうか?

 

 

ニーチェは次のように書きます。

 

 

「幼子は無垢である。忘却である。そして、一つの新しい始まりである。ひとつの遊戯である。ひとつの自力で回転する車輪。ひとつの第一運動。ひとつの聖なる肯定である。」

 

と。

 

 

ニーチェは、(他人が創った世界を生きるのではなく、自らの世界を)創造をするには、聖なる肯定が必要であると強調します。

 

 

創造は意味や目的から解放された、遊戯のように純粋なる行為であり、

 

 

そうした遊戯のような純粋創造を行うには、意味や目的を抜きにして、その行為自体を無条件に是とする、聖なる肯定が必要なのです。

 

 

この無条件というワードが鍵です。

 

 

私が過去記事で書いた「条件」プログラムから解放される必要があるのです。

 

 

 

条件プログラムから解放された状態とは、

 

 

何か意味や目的があるから、自分の行動を選ぶのではなく、

 

 

「端的にそうしたいからその行動を取る」という状態でした。

 

 

そのように、先入観・既成概念に捉われずに、何の抵抗もなく、自分の意のままにやっていく力を持っている状態が条件プログラムから解放された、幼子の状態です。

 

 

しかも、何かをやっているそのプロセスすら遊戯として心底楽しめる最強の状態です。

 

 

あなたが真の創造者たるには、そのような精神の最終ステージに至る必要があるわけです。

 

 

これは、私自身の感覚にも非常に符合する精神の変容プロセスとなっています。

 

 

つまるところ、子どものステージって、サレンダーのような状態なんではないかと思うのです

 

 

意味や目的を重要視する自我(エゴ)を抑えて、ワクワクやインスピレーションに従うことって、意味や目的を超越してますよね。

 

 

サレンダーの境地は、遊戯的であり、純粋であるわけです。

 

 

言われてみれば、確かに子どものような境地なのかもしれません。

 

 

そして、それこそが、精神の最終形態であり、自分らしい世界を創造できる創造者たる境地であると、ニーチェが言及しているのはとても興味深いことです。

 

 

さて、もう少し考察を進めていきます。

 

 

心理学をかじった方ならご存知かもしれませんが、中年の危機という概念があります。

 

 

 

中年の危機とは、中年期特有の心理的危機、また中高年が陥る鬱病や不安障害のことをいいます。大体40歳前後から現れ、中年期の約80%の方が陥るようです。

 

 

中年期の心理的葛藤は、以下のような感情や行動となって表れることがあるそうです。

・出社拒否などの職場不適応症、うつ病、アルコール依存症といった臨床的な問題
・空の巣症候群
・自己の限界の自覚
・達成する事の出来なかった物事への深い失望や後悔
・より成功した同輩・同僚に対する屈辱感・劣等感
・自分はまだ若いと感じたい、また若さを取り戻したいという思い
・一人になりたい、もしくは気心の知れた者以外とは付き合いたくないという欲求
・性的に活発になろうとする、もしくは逆に全く不活発になる
・自身の経済的状況や社会的ステータス、健康状態に対する憂鬱、不満や怒り
・人生の前段階で犯した過ちを正す、または取り戻そうとする

 

 

もしかすると、これって「ラクダ」から「ライオン」への移行期なのではないかと私は感じます。

 

 

これまで抱えてきた重荷に耐えられなくなり、孤独の砂漠へと入り、これまで信じてきた価値に否定・反抗しているステージなのではないでしょうか。

 

 

その後、苦悩を重ね、最終的に幼子のステージへと入っていくのでしょう。

 

 

もしかするとラクダはテーゼであり、ライオンはアンチテーゼであり、幼子はジンテーゼなのかもしれませんね。また、「守破離」にも似ているような気がします。

 

 

厳密に考えるならば、子ども⇒ラクダ⇒ライオン⇒ラクダ⇒ライオン⇒子どものような変容プロセスになると思うんです。

ホントウに幼い子どもは、子どもの精神を持っています。次第に、言われたことに従順になる忍耐強さを手に入れ、ラクダになっていきます。

ところが、人によっては反抗期というライオンのステージを迎えます。

しかし、社会の荒波に入っていくにつれて、ラクダの従順さを再度取り戻し、そこから努力を重ねていく。

そして、中年の危機のようなライオンへの変容プロセスがあり、その後、最終的には子供に回帰していくという流れかと思います。

 

 

 

あくまでもニーチェの考えをベースにした私の推察なので、皆さまがどうであったかは気になるところですね。

 

 

 

今回は、ニーチェの言及した、精神の三段の変化について書いてみました。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

やまけん