「将来、なにになりたい?」ときかれて僕は「お父さんみたいな整備士になりたい」と笑った。父は遊園地の乗り物なんかの管理の仕事をしていた。その日は僕と友達の女の子を観覧車のところに連れて行ってくれた。観覧車は、踏み出せば手足がちぎれそうな速度で回っていた。

 今、僕は彼女と一緒に遊園地に来ていた。ジェットコースターに僕が先に乗り、彼女の手を引く。がたがたと音を立ててリフトがあがっていく。線路は一番高いところで切れているように見えた。心臓の悪い僕はもしかしたら死ぬかもな、と考えた。けれど、彼女は「ドキドキするね」と手を握って微笑んでいた。

 遊園地は森に囲まれていて、裏は地平線まで広がる湖があった。人酔いした僕と彼女は森の中を歩いていた。途中分かれ道があって、木漏れ日の射すあたたかな森の道か、灰色の空が広がる冷たい湖岸の道か。「ボートにのりたいな」と彼女は呟いた。悩んでいることはなかったけれど、湖岸の道を選んだ。

 湖岸のくすんだ白い砂浜の道を歩いていくと、少年が水遊びをしていた。少年には顔がなくて僕には何を言ってるのかも分からなかった。ただ彼女は一言二言それと言葉を交わした。「彼がね、あなたの短い髪似合うって」通じるか分からないが礼を言って、また歩き始めた。砂浜には塵が落ちてて歩きにくい。彼女に見えないように少年がいた方を振り返ると少年は手を振っていた。私たちが見えなくなるまで彼は手を振っていて、それは、さよならと言ってるようにも、指を握ったり広げたり、彼女を呼んでいるようにも見えた。湖はどんどん不透明に、砂浜は柔らかくなり、もう私の足を傷つけることはなかった。

 ボートは砂浜に打ち上げられていて、私が先に乗り込む。そして彼女の手を振り払った。振り払った拍子にボートは押され、私一人湖を漂う。オールはないがいきたいところもない。何となく悲しい気持ちと誰もいない安堵で私は涙を流した。長い前髪が顔にかかって邪魔だった。
 「色がなければ、大きなうさぎもジャックも太った夫人も追いかけてこないから」と言ってピンクと水色のマントをまとった双子の少女が逃げて行った。トランプのクイーンとジャックが向きあった大きな白黒の扉を開けると、白黒で広大な廊下が続いていた。よく見ると床のタイルに色が残っていた。

 持っていた絵筆にグリーンの絵の具をとって塗ると、芝生が生えてきた。私が長くて細い線をひくとアキノエノコログサが、小さな点を重ねていくとイヌビエが生えてくる。育った植物は実をつけ、そこから新しい色が生まれ、絵の具になる。私は夢中で草を描いた。
遠くでは巨人が背中を丸めて絵を描いていて、それの周りには黄色や橙色の花が咲き乱れていた。気づくと白黒のスペースはなく、全てのものに色がついていた。私の足元は自分でかいた緑と掘り起こされたばかりの茶色い地面に別れていた。私の使命は全部緑色にすることなので、迷わず地面に種を植え、巨人の花畑を刈り取った。巨人は私の足下にすがりつき泣きながら「花を殺さないでくれ」と請い続けた。それにはたくさんの葉が芽吹き、苔がその赤い肌を覆い尽くしてくれるよう私は祈った。しかし、地面の種はいつまでたっても芽を出さないし、花畑は広すぎる。赤い実は酸っぱくて食べられない。「私、代わります」と言って白い制服の女がピンセットで種を植え始めた。育った草はとても長くて黄緑だったので引っこ抜いて女の首を締めるのに使った。抜いた草は枯れ緑を育てる肥料にしてやったのだ。
 水路と鉄柵が張り巡らされた街で、たくさんの死体が流れていた。死体はまるで生きているかのように肌は赤く、髪や服に乱れがなかった。どの死体も頭がウキのように浮かんでいて、たまに目が合い気味が悪かった。瞳は深い穴のように真っ黒だった。頭の中で「これが悪夢の始まりだと誰もはまだ気付いていなかった」と言う声がした。
 黒い学ランとセーラー服を着た数名が水路に沿って歩いていた。流れてくるたくさんの死体から愛する人を見つけるたび、一人また一人と立ち止まりはぐれていった。最後の一人と別れる時「これ以上先に行くな。」と言われたが、学ランの少年は無視して進んだ。水路を流れる死体が歌い始めた。「この先にいる怪物は白い綿で繋ぎ留められた巨大な脳」だと囁くような歌声は言った。ふと、顔を上げると鉄柵の先に見慣れた長い髪の少女が見えた。向こうもこちらに気付き近づいてくる。その顔は気持ち悪いほどにやついていて、ゆらゆらと顔を動かしている。横を向いた時、後頭部から後頭部からはみ出た脳に白い綿が絡みついている。後ずさりながら、話しかけた。それは最初は母親の声で「○○ちゃぁん、いってらっしゃぁい」次は父親の声で「」彼女の声で「」最後は妹の声で「おかえりなさぁい」と言った。気持ち悪い顔はそのままで、ひたすら気分が悪くなった。それは重たく鋭い一撃一撃を放つ。かろうじて受け止めていたが、腹に折れた鉄柵が刺さり身動きがとれなくなる。「これは夢だ」とピンクの服をきた少女が横切った。
 男は不時着した。緑と黒の船体から降りて黄土色の渦巻くトンネルを走って逃げる。手には白い説明書と黒い無線機。イヤホンからは次々と知らない人が状況を説明したり助けを求めたりする声が溢れ振動する。右に曲がろうとした時「出口だわ」と言う女の声がして、その後眩しいだけの光に包まれた。
 そこはいつもの仕事場の裏口だった。中で見覚えのある顔がなにか掃除をしている。そうだ、今日は真ん中の座敷で仕事だ。ふらりとドアを開け廊下を抜けふすまの前に立つ。後ろで弾ける音がした。童顔の同僚が後輩の頬を叩いたのだ。顔が裂けているのに後輩はへらへらと笑った。ここはどこだ。
 公衆浴場で三人並んでいた。やたら近い。右の男が水道の仕組みを説明すると左の女がその通り蛇口を操作する。自分は真ん中でがたがたと震えている。こんなにも熱いのに。男が席を外すと女は目が欲しいと言い出した。出来ないと伝えるとコピーしたもので良いといい、承諾した。ここで視力を失った。
 目が覚めると、と言うより自分の左上のカメラが起動する。白い部屋に私と目の前に女がいた。女は手首から先を、私は上半身全てを灰色の箱に閉じ込められていた。女は殺人鬼に捕まった、いないうちに逃げ出そうと話している。しかしそれはどうでもいいことだ。女は「もう人間じゃないくせに」と言った。
 それはそうだ。箱についてるセロハンの窓で中身がわかる。およそ詰まってるものに対して小さすぎるその箱の中身は、骨と肉をぎゅっと圧縮したものだった。つまり私は頭も心臓も潰れてるのに生きている。おかしな話だと思えば、そもそも私は船体から逃げ切れず宇宙人に脳をいじられてる最中なのだった。
僕は友人と遊びにきていた。知らない目に付いた雑貨屋やスーパーに行って買い物をしたり、テーマパークに行ったりした。そのうち、ドアを開けると過去に飛ぶことがあることに気付いた。僕と友人はドアを開けて窓を開いて様々な時間軸を楽しんだ。しかし戻れない。はじめ僕たちがいた時間が思い出せない。この場所は全く知らないはずなのにどこになにがあるか手に取るようにわかる。よく思い出せ。最初僕たちは知らない土地に遊びにきていたか?学校帰りに本屋に寄っただけじゃなかったか?友人はまだ疑ってない。ふらついた手がドアを開けてしまった。四次元を歩いていたのは僕で、友人はそのまま取り残した。僕は一人で歩き出した。それは友人も同じことだけど。
チャイムは森に住んでいる

雨の日だけ外に出てきて子どもを食べる

くちゃくちゃ

お行儀悪く
音をたてて

もちゃもちゃ

食べちゃう

あんまり美味しそうに食べるから
大人も叱るに叱れない

晴れた日は森に引きこもる
雨はまだか
雨はまだか

まだだよ

チャイムの言葉に返事をしてはいけない

言葉と言葉が繋がれば
森と外が繋がる

一方通行の看板が地面に垂直に折れる

晴れた日にもチャイムがくる

子どもを食べて
子どもを食べて
子どもを食べる
 俺は憧れていた羊飼いになった。まだ見習いだが、今日は初めて毛刈りをやらせてもらう。ばあさんが刈ったあと、毛をきれいに整える。
 仕事が終えて、家に帰る途中、近所の女の子に話しかけられた。女の子の世間話をひとしきり聞き、角にさしかかったところで、俺の過去を聞かれたので話をした。


 俺の母親は古い魔法の後遺症があって、幼かった俺や弟によく暴力を奮っていた。それでも、見た目ではわからないし、家族以外の前ではとても感じがよかった。
 ある日、普段通り、母は弟をベビーカーに乗せ、散歩に出掛ようと言った。逆らうと折檻を受けるので後ろからゆっくりと着いていった。辛うじて見失わない距離を常に保っていた。家から出てすぐ、母は車道に弟の乗ったベビーカーを置いて、角を曲がって行った。俺は練習してきた魔法のうさぎを使って、弟をくわえて逃げさせた。俺も同時に逃げた。うさぎは足がはやく俺よりずっと先を走った。俺は気付いて追いかけてくる母を足止めしながら逃げた。うさぎが大きい道路をこえたところで、コントロールがきかなくなった。母も俺の後ろに見えなくなっていた。うさぎの現在地を把握する魔法をつかってみたが、相変わらず制御がきかない。母に塗り替えられたのだ。彼女もこの系統の魔法を使うのに長けていた。うさぎはまだ母の決めた地点に着いていない、まだ間に合う。俺は全力で走ったが、俺がそこに着いた時、母は弟を抱き、こちらを見て笑っていた。俺が逃げきれないのもわかったが弟を助けられないのもわかった。打つ手なし。うさぎの亡骸がこちらを向いている。ごめん。ごめん。…ごめん。突然、周りに魔法の網が何本も降りてきた。やってきたのは、その頃世間を騒がせていた魔法テロ組織だった。彼らは弟と俺をさっと救い上げ、母の手の届かない場所へ乗せ、網を張った。母が必死に魔法を唱えているのを横目に俺たちは話をした。そこのボスは魔法学校かそういう組織に保護されるべきだと言った。俺はそれに従うことにした。
 俺が弟の消息を知ってるのはそこまでだ。もしかしたらあの時もう死んでいたのかもな。

 学校を出て、俺はアルバイトで大きな科学研究所に来ていた。研究員は初めに、この仕事はそこそこ魔法が使えないとできないので、自信のないやつは帰れと言った。100人ほどいたやつらが30人ほどに減った。俺はもちろん残った。研究員からビデオを使って仕事の説明された。20分ほどかかった。要するに人殺しに加担する仕事だった。条件に従って、スイッチを押すとどこかの知らない誰かが死んでしまうのだ。ビビって逃げ出そうとした知り合いがいた。俺は引き留めて、お前もどこかの知らない誰かになるぞ、と言った。そいつは涙ぐみながら席に着いた。仕事は三人一組で行われた。順調に作業は進み、出勤もあと少しというところでアクシデントがあった。超級指名手配犯が研究所で暴れているらしかった。彼女はそこかしこにお菓子をぶちこみ、機械を壊し、部屋を埋めた。庭に逃げたやつは彼女に飛び掛かられ、あっという間にケーキの山に押し潰されていた。次に彼女が目を付けたのは俺たちだった。俺たちはすぐに逃げた。遠巻きに見る研究員を他所に、お菓子を掻き分け逃げた。窓から飛び降りたどり着いた先は既にお菓子で埋め尽くされた部屋だった。パイが山を作り、飴が突き刺さっていた。彼女はジリジリと近づく。俺たちは後退り、助けを待った。助けに来たのは、パイの山だった。パイの山は彼女を押し潰した。パイの山は彼女を押し潰した。パイの山は彼女を押し潰した。つぶれた彼女を見た。彼女の名前はアーサーだった。俺は彼女の唯一無二の友人で親友だった。
 私は出来損ないの馬だった。時代は戦争真っ最中でたくさんの同僚が戦に駆り出されていた。しかし、私は呼ばれなかった。私には羽が生えていたせいだ。ペガサスほど立派でなく、鶏のような粗末なものだった。自分の身体を持ち上げることすらできない。そのうえ、羽があるので鞍を着けることもできない。
 私は隠れるように国境である山のすみっこで暮らした。そこで私は男と出会った。彼は兵のひとりで、単独行動していた。私を見て、役にたちそうもないと笑った。私は食料くらいにはなれるさと言った。彼はまた笑った。彼と私はすぐ仲良くなった。
 しかし、そうこうしているうちに、戦闘が始まった。鎖かたびらの鎧を着た人間が国境を渡ってきた。私は隅によってそいつらを見ていた。邪魔さえしなければ、そいつらは私を殺したりすることはなかった。かろうじて見える向こう側に彼はいた。彼は身を伏せてやり過ごそうとしていたが、ひとりの人間が気付いて彼を殺そうと襲い掛かった。彼は私の予想以上に強く、あっという間に人間を退けた。しかし、次は三人が、三人を退ければ九人が。私は人の限界を知っている。九人相手では勝てない。ああ、私のなんと無力なことか。鞍があれば彼を乗せて逃げれるのに。羽がなければ鞍を乗せれるのに。九人相手に堪える彼に羽の生えた大きなトカゲが襲いかかろうとしていた。なんて不恰好なキメラだ。ドラゴンモドキごときが。私が怒りにふるえていた時だった。私は立派なドラゴンとなり、キメラを蹴散らしていた。彼の前に降り立ち、乗るよう促した。一瞬彼は私がわからなかったようだったが、すぐに理解して私の上に飛び乗った。私も彼が乗ったらすぐにその場を離れた。地平線が見えるほど高く昇った。トカゲは追いかけてきたが、明らかに私の方がスピードが速い。東に向かい、そのまま引き離した。
 彼は果てにあるという帝国に行きたいと言ったが、彼を乗せて飛んで行くには遠すぎた。私たちは海を越えた大陸にある塔のひとつに降りた。
 ひとまず、小さな休憩所で身を休めることにした。だいぶ使われてないようでレベルの低い植物が巣くっていた。私は爪でそれらを切り落とした。小さなイモリが歩いていたので、それも切り捨てた。ふと見ると小さな女の子がいた。五歳か六歳。彼女はここにいる間、我々の世話をしたいと申し出た。最初は断ろうと思ったが、彼女は床のイモリを指し、黒焼きにすることができると言った。それは私たちにはできないことだったので、しぶしぶ彼女を雇った。礼は金貨でいいと言われた。本当に安いものだ。彼女はイモリをとって、小屋の裏に行った。肉の焼けるいい匂いがした。男はというと、ずっと小屋の入り口に腰を掛け、黙り込んでいた。声をかけようかと思ったが、やめた。しばらくして我々を捜しに女がやってきた。女はあのドラゴンモドキの妻だった。
仲間うちで遠出した時だ。唯一車を持ってた俺が運転手だった。途中休憩で、コンビニに寄って、俺は一人車番として内に残った。ふ、と山を見ると煙が昇っていた。火事とは違う。霧でもない。動物のようにくるくると、植物のようにふらふらと煙は揺れた。俺はいわゆる見える人だったので、その煙もそういう類いだと思った。コンビニの入り口に猫がいて、そいつは誰かが自動ドアを開けてくれるのを待っていた。けれど、人の足に邪魔されて上手く中に入れず、やっとこさ入れても店員に抱えられ追い出されていた。それを何度も繰り返していて、馬鹿だなあと俺は思っていた。そういえば、去年ここに立ち寄った時も猫(同じやつかは分からない)がいたなあ。連れはなかなか帰ってこないと思ったら、二人並んで立ち読みをしていた。ぷわっとクラクションを鳴らして、戻るよう促した。二人はびくっとしてこっちを見て、頭を数回下げて戻ってきた。その時、自動ドアが開いたので猫が素早く店内に入った。連れはごめんごめんと眉を下げて車に乗り込んだ。俺はココアを受け取って、エンジンをかけた。ふと一人が言った。わあ、山から煙がたってるよと。
なんだ、俺だけじゃなかったのか。
少し残念に思いつつ俺は車を出した。