久しぶりの投稿で何を書こうか迷っていたのですが、、
色々考えた結果、
私がアメリカへのnロースクール進学を決意した理由の一つでもある
「グローバル人材」、「英語ができる人」
をテーマに書かせていただきたいと思います。
まず最初に、
私の考える「グローバル人材」についてです。
以前もブログに書かせていただいたこがあるようなないような気がするので
手短にいきたいと思います。
日本では「グローバル人材」=英語ができる人
というようなイメージが定着していますが、、、
はたして本当にそうなのでしょうか?
確かに、
いまや世界中どの国に行っても
英語でコミュニケーションが取れるような時代になっています。
しかし、
それだけが全てではないと思います。
現在のグローバル社会の背景でもあるように、
交通機関や通信網の発達で外国との距離(移動時間や通信時間を基準とした)が
驚くほど近くなっています。
今や、電車に乗る感覚で飛行機に乗ることもできるほどですし、
スマフォを使えば3秒後には海外の友達と電話をすることができます。
私たちがどうこうしなくてもすでに世界は先人たちの努力によって
グローバルになっているのです。
そういった流れの中での「グローバル人材」とは、
個人の能力がどうこうという問題ではなく、
人材の流動性、つまり、国境を越えた人材の移動がもっと活発になることだと思っています。
実際に、海外ではすでに学校選びも仕事選びも
国内だけではなく外国を視野に入れて考えている国がたくさんあります。
日本で考えれば、
昔は、
地方から東京の大学に進学することが
一世一代の偉業のように言われていましたが、
現在では、
地方だろうが都市部だろうが
どこで勉強するも働くも自由で当たり前のようになっています。
未来には、
海外で勉強したり働いたりするのが当たり前の時代が繰るのではないかと
私は考えています。
以上を踏まえたうえで、
「英語ができる人」について書きたいと思います。
すでに日本人で英語で意思疎通のできる人たちはたくさんいます。
しかし、
英語で仕事のできる日本人はどれくらいいるのでしょうか?
というのは、
外国人と日本語で話をしていると
意味は伝わるけれど、間違った日本語の使い方をしていると感じることがあると思います。
それと同じことがビジネスの現場でも起きています。
今はまだ、日本の技術や製品が素晴らしいと世界に認められているため
むこうから興味を持って真剣に日本のセールスパーソンの話を聞いてくれます。
多少、間違った英語を使っていても
意味が伝わり、使い方やコストがわかれば取引が成立します。
しかし、
そうでなくなったらどうなるでしょうか?
新興国に技術で追いつかれ、価格も品質もほとんど横並びの
国内市場のような状態になったとき、
外国企業と争ってプレゼンや商談をしていかなければなりません。
そのときに、
間違った英語を使う会社の商品と
正しい英語を使う会社の商品どちらを選ぶかといわれれば、
品質や価格がほとんど変わらないのであれば
後者を選ぶのではないでしょうか。
ここで一つ、思うことがあるはずです。
「そんなこと言ったって、いいものを作れば売れるだろう。。。」
そうなんです。
結局、いいものを作れば売れるし、いい技術は必要とされ続けます。
私が気になるのが、
あまりにも今の日本が、ただただ「英語ができる人」をつくることに
集中しすぎている点です。
就職活動では
TOEICを選考基準としている企業がほとんどで、
面接では、英語ができることを必死にアピールする学生がたくさんいます。
けれどよくよく考えれば、
英語はあくまで言語です。
「私は日本語ができます!」
と自信満々に言う学生を採用したいと思うでしょうか?
海外を視野に入れて働く時代、
「私は英語ができます!」
はそろそろ通用しなくなってくるのではないでしょうか?
今や英語は世界の標準語となりつつあります。
東京で田舎者が方言を恥ずかしがって
標準語を喋ろうとするあまり、
せっかくの良い性格や個性を発揮できなくなってしまっているような
人に出会ったことがあるのではないでしょうか。
大事なのは、
言葉の見栄えを良くすることではなく、
伝えるべきことを適切に伝えることです。
英語自体を勉強するのではなく、
それぞれが専門とすること得意とすることを
英語でも説明できるように勉強していくべきだと思います。
前回お話した、
日本語だってその道の人でなければ、
医学書に出てくる単語の意味はわからないし
六法全書に出てくる言葉を理解できません。
日本人が英語をできないと思い込んでいる一番の原因は
英語を使う機会が大陸と比べて圧倒的に少ないからです。
町で外国人と外国語で話す機会も少ないです。
すでに労働者や学生の国境を越えた移動がさかんな大陸の国々では
誰もが否応なしに外国語を喋らなければなりません。
でなければ、
ものが売れません。
ものが売れなければ生活ができません。
生活がかかれば
中三レベルの英語でも十分に会話できます。
実際に英語が全然喋れないときから海外でそういった経験をしているので言い切れます。
せっかく日本は世界から注目されているのだから、
生活が苦しくなって外国の人に伝えるべきことを英語で上手く伝えられないと嘆くよりも
今のうちから、日本の文化や考え方を世界に発信する準備をしていければいいと思います。
日本人は英語ができないのではなく、
外国人と話していてわからないと感じる場合のほとんどが、
英語自体を勉強しているだけ(国語だけ勉強しているようなもの)では
わからないような専門的な言い回しが出てきたときです。
あまり英語英語と言わず、
まずは、自分の知識やスキルを高めていくべきだと私は思います。
そこに、グローバルな視野を入れていけば、
専門化が素人にわかりやすく専門用語を噛み砕くのと似たような感覚で
外国人にわかりやすく外国語で伝えられるように英語が必要ということになるはずです。
以上、久しぶりだったので長くなってしまいました。
ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございます。
わかりにくい部分や賛成できない部分もあるかとは思いますが、
あくまで素人が自分の考えを書いているだけですのでお許しください。
色々考えた結果、
私がアメリカへのnロースクール進学を決意した理由の一つでもある
「グローバル人材」、「英語ができる人」
をテーマに書かせていただきたいと思います。
まず最初に、
私の考える「グローバル人材」についてです。
以前もブログに書かせていただいたこがあるようなないような気がするので
手短にいきたいと思います。
日本では「グローバル人材」=英語ができる人
というようなイメージが定着していますが、、、
はたして本当にそうなのでしょうか?
確かに、
いまや世界中どの国に行っても
英語でコミュニケーションが取れるような時代になっています。
しかし、
それだけが全てではないと思います。
現在のグローバル社会の背景でもあるように、
交通機関や通信網の発達で外国との距離(移動時間や通信時間を基準とした)が
驚くほど近くなっています。
今や、電車に乗る感覚で飛行機に乗ることもできるほどですし、
スマフォを使えば3秒後には海外の友達と電話をすることができます。
私たちがどうこうしなくてもすでに世界は先人たちの努力によって
グローバルになっているのです。
そういった流れの中での「グローバル人材」とは、
個人の能力がどうこうという問題ではなく、
人材の流動性、つまり、国境を越えた人材の移動がもっと活発になることだと思っています。
実際に、海外ではすでに学校選びも仕事選びも
国内だけではなく外国を視野に入れて考えている国がたくさんあります。
日本で考えれば、
昔は、
地方から東京の大学に進学することが
一世一代の偉業のように言われていましたが、
現在では、
地方だろうが都市部だろうが
どこで勉強するも働くも自由で当たり前のようになっています。
未来には、
海外で勉強したり働いたりするのが当たり前の時代が繰るのではないかと
私は考えています。
以上を踏まえたうえで、
「英語ができる人」について書きたいと思います。
すでに日本人で英語で意思疎通のできる人たちはたくさんいます。
しかし、
英語で仕事のできる日本人はどれくらいいるのでしょうか?
というのは、
外国人と日本語で話をしていると
意味は伝わるけれど、間違った日本語の使い方をしていると感じることがあると思います。
それと同じことがビジネスの現場でも起きています。
今はまだ、日本の技術や製品が素晴らしいと世界に認められているため
むこうから興味を持って真剣に日本のセールスパーソンの話を聞いてくれます。
多少、間違った英語を使っていても
意味が伝わり、使い方やコストがわかれば取引が成立します。
しかし、
そうでなくなったらどうなるでしょうか?
新興国に技術で追いつかれ、価格も品質もほとんど横並びの
国内市場のような状態になったとき、
外国企業と争ってプレゼンや商談をしていかなければなりません。
そのときに、
間違った英語を使う会社の商品と
正しい英語を使う会社の商品どちらを選ぶかといわれれば、
品質や価格がほとんど変わらないのであれば
後者を選ぶのではないでしょうか。
ここで一つ、思うことがあるはずです。
「そんなこと言ったって、いいものを作れば売れるだろう。。。」
そうなんです。
結局、いいものを作れば売れるし、いい技術は必要とされ続けます。
私が気になるのが、
あまりにも今の日本が、ただただ「英語ができる人」をつくることに
集中しすぎている点です。
就職活動では
TOEICを選考基準としている企業がほとんどで、
面接では、英語ができることを必死にアピールする学生がたくさんいます。
けれどよくよく考えれば、
英語はあくまで言語です。
「私は日本語ができます!」
と自信満々に言う学生を採用したいと思うでしょうか?
海外を視野に入れて働く時代、
「私は英語ができます!」
はそろそろ通用しなくなってくるのではないでしょうか?
今や英語は世界の標準語となりつつあります。
東京で田舎者が方言を恥ずかしがって
標準語を喋ろうとするあまり、
せっかくの良い性格や個性を発揮できなくなってしまっているような
人に出会ったことがあるのではないでしょうか。
大事なのは、
言葉の見栄えを良くすることではなく、
伝えるべきことを適切に伝えることです。
英語自体を勉強するのではなく、
それぞれが専門とすること得意とすることを
英語でも説明できるように勉強していくべきだと思います。
前回お話した、
日本語だってその道の人でなければ、
医学書に出てくる単語の意味はわからないし
六法全書に出てくる言葉を理解できません。
日本人が英語をできないと思い込んでいる一番の原因は
英語を使う機会が大陸と比べて圧倒的に少ないからです。
町で外国人と外国語で話す機会も少ないです。
すでに労働者や学生の国境を越えた移動がさかんな大陸の国々では
誰もが否応なしに外国語を喋らなければなりません。
でなければ、
ものが売れません。
ものが売れなければ生活ができません。
生活がかかれば
中三レベルの英語でも十分に会話できます。
実際に英語が全然喋れないときから海外でそういった経験をしているので言い切れます。
せっかく日本は世界から注目されているのだから、
生活が苦しくなって外国の人に伝えるべきことを英語で上手く伝えられないと嘆くよりも
今のうちから、日本の文化や考え方を世界に発信する準備をしていければいいと思います。
日本人は英語ができないのではなく、
外国人と話していてわからないと感じる場合のほとんどが、
英語自体を勉強しているだけ(国語だけ勉強しているようなもの)では
わからないような専門的な言い回しが出てきたときです。
あまり英語英語と言わず、
まずは、自分の知識やスキルを高めていくべきだと私は思います。
そこに、グローバルな視野を入れていけば、
専門化が素人にわかりやすく専門用語を噛み砕くのと似たような感覚で
外国人にわかりやすく外国語で伝えられるように英語が必要ということになるはずです。
以上、久しぶりだったので長くなってしまいました。
ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございます。
わかりにくい部分や賛成できない部分もあるかとは思いますが、
あくまで素人が自分の考えを書いているだけですのでお許しください。