昔、三日坊主で終わったブログを見てみる。

あの頃は東京か。

3ヶ月だけだけど、今年海外勤務も出来たし、英語の勉強は無駄じゃなかったんじゃないかな。



てっきり、来週が最後だと思い込んでいたから、「今日が40レッスン目で、最後になります。」と言われるなんて予想もしてなかった。


思えば、1年半、仕事帰りに街に繰り出す同僚を横目に、よく続いたなぁと思う。



もともと、日本人にさえ人見知りし、考えていることを日本語でうまく伝えることすら出来ない自分が、日本人以外の人と、日本語で無い言葉で会話するなんて、いまだに鉄の塊が飛ぶことを信じられない人が、無理やり飛行機に乗るようなものだった。


結果として、鉄の塊でも安全に飛ぶことが分かったし、人間は国境を越えても、本質的には何も変わらない事がよく分かった。(英語が上達したかどうかについては怪しい部分ではあるけれど。)



こういうの、もう最後なんだなぁって思うことがある。


例えば、高校の卒業式。


「もう通わなくていいなんて、せいせいする!」と思いながらも、校門から続く恨めしいくらい長い坂を下っているとき、何とも言えない感覚で体の中がいっぱいになった。



英会話が終わった後の帰り道、一年半一緒だった相方と、とりとめのない話をしている時に、「こういうの、もう最後なんだなぁ」って、何とも言えない感覚が再び体の中に訪れた。



こういった気持ちになる時にはいつも、村上春樹のこの一節を思い出す。



「あらゆるものは通り過ぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風にして生きている。」




と、本当に些細なことを、後から読み返すと赤面するような、ナルシストな文章で書いてみたい夜もある。




サクッと羽織れるナイロンジャケットが欲しくて、会社帰りに神田のpatagoniaへ。

ちょっと迷ったけど、トレントシェルジャケットを購入。

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おまけで、イカしたナイロンバッグが付いて来た。

「LIVE SIMPLY」なかなか本質をついている。

長く使えそうなものが買えて良かった。


仕事での課題を考えると、頭が痛い。

只でさえ、自分の業務で手一杯の担当に、インセンティブ無しで追加の仕事をお願いするのは心が痛む。

こういうのは、トップダウンでやってもらったほうがわだかまりが無いんだけど。

本当はお客さんを見て仕事をしないといけないのに、社内調整で手一杯の自分。

まだまだだなぁ…。