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てっきり、来週が最後だと思い込んでいたから、「今日が40レッスン目で、最後になります。」と言われるなんて予想もしてなかった。
思えば、1年半、仕事帰りに街に繰り出す同僚を横目に、よく続いたなぁと思う。
もともと、日本人にさえ人見知りし、考えていることを日本語でうまく伝えることすら出来ない自分が、日本人以外の人と、日本語で無い言葉で会話するなんて、いまだに鉄の塊が飛ぶことを信じられない人が、無理やり飛行機に乗るようなものだった。
結果として、鉄の塊でも安全に飛ぶことが分かったし、人間は国境を越えても、本質的には何も変わらない事がよく分かった。(英語が上達したかどうかについては怪しい部分ではあるけれど。)
こういうの、もう最後なんだなぁって思うことがある。
例えば、高校の卒業式。
「もう通わなくていいなんて、せいせいする!」と思いながらも、校門から続く恨めしいくらい長い坂を下っているとき、何とも言えない感覚で体の中がいっぱいになった。
英会話が終わった後の帰り道、一年半一緒だった相方と、とりとめのない話をしている時に、「こういうの、もう最後なんだなぁ」って、何とも言えない感覚が再び体の中に訪れた。
こういった気持ちになる時にはいつも、村上春樹のこの一節を思い出す。
「あらゆるものは通り過ぎる。誰にもそれを捉えることはできない。僕たちはそんな風にして生きている。」
と、本当に些細なことを、後から読み返すと赤面するような、ナルシストな文章で書いてみたい夜もある。