先月離婚手続きをした私たち。
もうどうしようもなくて。
冷め切った夫婦。
口を開けばケンカ。
子ども達も見ているのに、「こっそりケンカする」なんてできる次元はとうに超えていた。
何が私たちを結びつけているの?
親としての義務。
15年連れ添ったことで残る、人としての情、というか、慣れ?
あとは義理の家族への想い。
幸い義理家族や親族とはとても仲が良くて、心から家族だと思える人たちだった。
だから、そんな「家族」を切る勇気がなくて、ずっと夫婦を続けていた。
でもある日、私はある男性に出会って、恋をした。
それはただの一時的な恋ではあったけれど、それが、私だってまだ女なんだ。まだまだ女として恋をして生きたいんだ。
という自分の女のしての一面に火をつけてしまった。
このまま今の夫ともう何もなく終わって萎んでいくのは嫌だ。
それだけは嫌だ。
別れよう。
正直それが大きな離婚理由。きっかけ。
世間的にはふざけてるように思われるとか、そういうことは置いておいて。事実。
子どもだって、こんな両親見てるの嫌でしょ。何も教育的にいい影響なんか与えてあげられない。
夫と一緒にいるのが嫌で、週末は子どもたちと過ごすこともなく、私は家に篭って家事をしていた。
子どもと夫が公園に行ったり、出かけるという時は、夫と離れるために、結局子どもとも時間をろくに過ごしていなかった。
別れてよかったこと。
子どもたちとすごく密な時間を持てるようになった。
なんでも自分でやることで、頼れる人がいないことで、かなりしっかりした。
頼ったり、人のやり方に合わせるんじゃなくて、全部自分のやりたいように、やりたい時に家事もできて、
「そうじゃないのに」「なんでそうやるの??」っていう不毛なストレスがなくなった。
色んな恋をした。
すごく大事な人と出会った。
でも、その人は滅多に連絡もしない、かなりドライな人。
それでも一緒にいる時は嬉しくて、幸せで、あったかくて。幸せで。
でも、連絡がない間、無視されている間は孤独で、虚しくて、悲しくて。
離れたことで元夫への嫌悪感がやっとなくなり、感謝ができるようになった。
時々子供の荷物のやり取りや、預かる日の日程調整なんかで連絡したり、会ったりする時も、
ピンと張り詰めた緊張感は無くなって
穏やかな日々の、何の背伸びもしてない素の自分で話ができることに気がついた。
今の彼には認めてもらいたくて、背伸びいっぱいして、いい女になろうと頑張ってる私。
それはそれで、変わっていく自分を楽しんではいる。
いるんだけど。
恋がしたい。自分らしく生きたい。
自分らしさって。何。
何がベースになっているの。
なんか、わからなくなってきて、もしやとんでもないことをしてしまったのではないかという
恐怖心に
追われている。
でも、誰にも言えない。どうしてこんなこと、言えよう。
今更。
でも、やっぱりそんな気がしてならない。
もう少し、様子を見てみよう。