- 前ページ
- 次ページ
あけましておめでとうという言葉。とても大切。
また明日、日が昇る。当たり前のことだけど、
その日をついに見られなくなって、年を明けることができない大切な人をたくさん見てきた。
中には、道半ば。一生懸命頑張ってきたのに。
私自身、昨年4本の肋骨を折ってしまった。
ある意味、肋骨でよかった。
一歩間違えば、明日の日が永遠に見ることができない所だった。
観ることができても、足が動かない、下半身不随、内臓損傷、脊髄損傷・・・
肋骨4本で済んだだけで、内臓も大丈夫、普通の生活に戻ることができた。
私は、怪我をすることによって、普通の生活が、こんなに幸せだったことに気が付いたけれども、
中には、精神的に参っている人も多いと思う。
明日の日を見られないことにならないように、
新年、これから。生きている限り、大切な命と人生。
一つ一つ、一生懸命生きて、有意義な人生にしていこうではないか。
仕事中、時間に追われて、すこし横着をした姿勢で脚立に上がってペンキをぬっていた。
同じ場所、1回目は、事故も無く、塗り終えたが、脚立から降りたとき、地面についている足4か所のうち、1か所階段側落ち込み方向にづれていて、空中に浮いている状態になっていた。
2回目、同じ位置で同じ場所を塗った。すこし身を乗り出したかな。
その時、やっぱり、足がずれていたのか、重心が外向きのために足をすくわれた感じで転落。
落ちた場所は階段下方向なので、地上に落ちるより、滞空時間が長い。
転落高さが高くなったという意味ですが、平地でなく、足の着く位置が確認できず、
おまけに下げ缶には、ペンキがいっぱい入っている状態で、これをまき散らすと、とんでもない被害。
下げ缶をまき散らさないように目線はそっち。地面に身体をひねって落ちたのだろう。
激痛。背中が痛い。
手が付く前に背中。
後からの想像ですが、階段にメダカを飼っている石臼があった。その石臼が先に背中に当たったよう。
立てないというまでもなく、動けない。
声を出して人を呼ぶのが精いっぱい。結局救急車に来てもらって病院に搬送。
検査の結果、肋骨が4本折れていた。
手術することもなく、シップを貼ってバンドで固定して終わり。
トイレどころか、寝返りもできず、動けば激痛の恐怖で2日間小便は、パイプでOKだけど、大きいほうはお尻も動かせない。約60時間、一度も大便せずに、辛抱し、恐る恐る身体をベッドの機能で体をおこし、車いすでトイレまで運んで一件落着。
2日間は、トイレのことばかりで時間が過ぎた。トイレに行けるようになると、すこし気が楽になった。
3日目には、小便のためのパイプも取り外し、一人でトイレに行けるようになった。
そして、病室の人の顔を見ることができた。
4人部屋、ほかの部屋もですが、ほとんどが高齢の方。
隣の人に置いては、もう、死んでもいいって、いつも言っている。
ほかの高齢の方のほとんどが、社会復帰でなくても一人で歩く、身支度ができるまでにもならない感じで、介護が必要状態。なかには、ボケも始まっている。
この人たち、退院できる日が来るのかとおもう。
この病院だけでなく、民間のほとんどの病院の病床は、高齢の方の、一人で歩けない方で埋め尽くされている感じがする。若い方が、緊急という場合、病床が満で、受け入れられないのでは。
今の病院すべてが、介護寝たきり老人ホームの感じがする。
いくら病院があっても足りないだろうね。ちょっと心配。今日、窓側の人が退院した。喜ばなければならないのだろうけど、
社会復帰ではなく、通いで週3日、家に介護。 病院は、家の近くの病院に引きつがれる。
益々、大変そうな気がする。
私は1週間が経ち、病院で寝ている場合ではない。
早く復帰して、バリバリ動かなければ。
病院で歩いてリハビリ。
肋骨というのは、動かないのが一番早く治るという。
この気持ちをあせらず、落ち着かせるのが、一番早く治る方法という結果になった。
