保守と日傘と夏みかん

政治・経済・保守・反民主主義

NEW !
テーマ:

 

平成10年7月、参議院選挙が行われ、自民党は大敗を喫する。橋本改革による経済悪化と金融不安に、国民がNOを突きつけたのである。

橋本政権はその責任をとって退陣し、小渕政権が誕生した。小渕政権は、「改革」の後始末に追われることになるが、喫緊の課題は、金融危機からの脱出である。

(中略)

小渕政権のもうひとつの課題は、景気である。平成7年、平成8年、順調に回復に向かっていた日本の景気は、橋本改革で坂道を転がり落ちた。

橋本政権において、すでに平成9年末、特別減税を復活し、平成10年4月には財政構造改革を緩和、追加の特別減税を含む16兆円超の景気対策を打ち出していた。しかし、ときすでに遅く、景気の悪化に歯止めはかけられなかった。

平成10年以降、経済成長率はマイナスに転じた。1980年代までは3%を超えたことさえなかった失業率は初めて4%台に突入。税収も激減、歳入不足を補う国債発行は激増した。財政改善をめざした財政構造改革が、逆に財政の急速な悪化を招くという皮肉な結果だった。税収の大幅な減少は、景気が大きく悪化したからである。

小渕政権のスタンスは、きわめて明瞭だった。
就任早々、「財政構造改革の凍結」を宣言する。事実上の橋本改革の否定だった。金融再生と経済回復を最優先課題として掲げ、自ら「経済再生内閣」と名づけたのである。

しかし、当初から不人気の小渕政権は、「改革後退」の批判にさらされる。橋本改革を失敗と責めたてたマスコミ世論だが、改革の後退も許さなかった。

ニューヨークタイムズ紙が小渕首相を「冷めたピザ」と酷評したことが報じられると、テレビなどは面白がって、事あるごとに言及し、冷めたピザは、小渕首相を象徴する表現になった。
自国の首相を「誰も食べない残り物」と他国に酷評されて、喜んでいていいのかと思うほどだ。たとえ嫌いな父親でも、他人に悪口を言われるのは不愉快、というのが通常の人情と思うのだが…。

ケインジアンとして知られ財務出動を厭わない宮沢元首相を財務大臣に迎え、積極財政の布石を敷いた。
首相を務めた後、請われて蔵相に就任、積極財政で恐慌から経済を建て直した高橋是清を連想させ、宮沢元首相は「平成の高橋是清」と称された。
(中略)
小渕政権は、「回復なくして改革なし」「二兎は追わない、一兎を追う」と、景気回復を政権の目標として強く前面に押し出した。

まず、喫緊の課題である金融危機対策に取り組んだが、長銀問題に目処がついた11月、総額24兆円に及ぶ緊急経済対策を打ち出した。橋本政権の16兆円に続き、過去最大の景気対策である。合わせて40兆円になる。

公共事業、貸し渋り対策、恒久減税としての定率減税6兆3000億円、地域振興券の7700億円など。
当然のように、「改革後退」「ばらまき」の批判が巻き起こった。公共事業への批判も強かったが、とりわけ評判の悪かったのが「地域振興券」で、「天下の愚策」といわれた。地域でしか使えない期限付き商品券を配布するもので、連立政権を組んだ公明党の主張を入れた低所得者対策である。

「7000億円の国会対策費」「貯蓄に回してしまうから消費拡大の効果がほとんどない」などと一斉に反対の声が上がった。
新聞の投書欄にも「小学生、中学生に小遣いをやってどうする」「家には高校生の子供もいるのに不公平だ」との批判が掲載された。中には「私はもらっても遣いません」という高齢者からの投書まであった。

しかし、地域振興券は、同時に行われた6兆円の減税の補完だったのである。減税の恩恵は、税金を払える人にしか及ばないからだ。課税水準に達しない所得しかないような、最も支援が必要な人が放置される。そこで、生活保護など福祉政策の対象となっている人、課税水準に達しない高齢者、養育負担の大きい世帯主などを対象に、2万円分の商品券を配布したのである。

地域振興券は、15歳以下の子供がいれば、高所得の家庭にも配られた。たしかに、それは問題だった。その分、本当に必要とする人々に手厚くできれば、もっと望ましかったことは事実だが、選別にもコストと時間がかかる。緊急性との兼ね合いもあった。

翌年、企画庁が、7700億円の地域振興券の消費喚起効果は、GDPを0.1%増加させたと発表すると、やはり効果がなかったではないかとの批判が、再び噴出した。

景気対策というと、必ず反対の声が大勢を占める。大蔵省に誘導されたマスコミ報道のせいもあるが、本当に生活に困っている人は、全体から見れば少数だからである。
大多数の人々は、生活に困っていない。だから、対策の必要性を感じない。景気下支えの効果は、まわりまわって国全体に及ぶのだが、それが対策のおかげとは思わない。

しかし、経済は大きなワタのボールのようなものである。ほんのわずかな部分が水に漬かっただけなら、全体に影響はほとんどない。しかし、毛細管現象で、水はじわじわと全体を侵していく。はっと気がついて、水から上げようとしても、ある程度水を吸ってしまったボールは重くて、引き上げられない。無理に持ち上げても、元の形を失っている。
(中略)
たとえ、自身は安全圏と信じる理由があったとしても、困難に直面している人々を放っておく理由にはならない。
「選挙対策のばらまき」との批判が的を射ていたとしても、そのこと自体は対策を行わない理由にはならない。対策が必要かどうかは、それとは独立に論ずべき問題だからである。

昭和48年(1973)、第一次石油ショックのときのトイレットペーパー騒ぎ、平成5年、米不作の折の国産米買占め騒動、そして平成20年の石油、食料品の高騰に関しては、政府の対策を督促する声はあっても、無用論はほとんど聞こえない。ほとんどの国民が問題に直面する当事者だからであろう。

人の価値観はさまざまだ。「景気対策無用」の声があること自体は、不思議ではない。しかし、日本発の金融恐慌を世界中が懸念する状況にあってさえ、「景気対策無用」の声が圧倒的に大きい国は、めずらしいのではあるまいか。しかも、客観的であるはずのマスコミや、状況を理解していなければならない専門家の大勢がそうなのだ。

しかし、そうした反対の声が素早い対応の障害となって、逆に対策のコストを高めているのである。景気対策は早ければ早いほど、コストが低くて済む。早く手当てした方が、傷は浅く回復も早い。

サブプライム・ローン問題の米国では、財務長官やFRB議長だけでなく、政府の政策担当者が、なぜ公的支出が必要か、いま財政支出をしておけば、将来のコストとリスクを小さくできると、懸命に説明を繰り返している。

ところが、わが国ではそうではない。小渕政権の財政構造改革法の凍結にあたり、大蔵省が懸命に説明したのは、凍結の必要性ではなかった。そのために“犠牲にされた”財政改革の必要性なのである。財政赤字がいかに深刻で、財政改革の遅れがいかに問題かを強調する。ユニークで不思議な現象である。

小渕政権が第一番に、財政構造改革法を凍結したのは、財政構造改革が景気を悪化させた、との明瞭な認識があったからだ。





『平成経済20年史』 紺谷典子

 

AD
 |  リブログ(0)
最近の画像つき記事  もっと見る >>

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。