<スナックの娘>
私が仙台で学生をやっていたころですから、もう45,6年も前の話になります。
生まれつきの下戸の私ですが、それでも友達や先輩に付き合って、ちょくちょく飲みには行ってました。
その日も友達に付き合って、大学の近所のスナックに行きました。そのスナックはカウンターだけの、10人ほどで満員になるくらいの店です。
そして、ママと女の子の二人でやっていました。
女の子は、化粧っ気のないさっぱりした感じの子でした。
コークハイをグラス3分の1飲んで酔いつぶれる私を、面白がって笑っていました。
このスナックにはそれからも、友達や先輩とちょくちょく通っていました。
私一人で行ったこともありました。
その時は酒を飲むのではなく、食事をするためです。
居心地が良かったんでしょうね。
そんなある日のことでした。
大学から部屋に帰ろうと歩いていると、「ここらへんなのぉ?」と、声をかけられたのです。
声の方を見ると、スナックのあの娘でした。
「あたしここに住んでるんだよ」
「あ、あの、俺、この坂の上」
「へ~ご近所なんだ」 「じゃ遊びにおいでよ、いつでもいいよ」
「あ、あ~どうも」
女の人に遊びに来いと言われたのが初めてだったので、その日はウキウキしてましたね。
でも、遊びに行くことは結局ありませんでした。
どうせスナックの娘の社交辞令だと思っていました。
それにこのころ、好きな女の子がいて、その子の尻ばっかり追いかけていたからです。
こんなことがあって、またしばらくしてからスナックに行くと、不意に言われました。
「きれいな彼女だね」
「え!?」
「この前仲良く歩いているのを見たよ」
どうやら私が好きな子を私の部屋に連れ入もう、じゃなく、連れて行くところを見られていたようです。
「彼女がいたんじゃ、私のところに遊びに来るわけないよね」
私をからかうように言いました。
言われてちょっと嬉しかったんですけど、でも片想いなんですよね、残念ながら。
そんな居心地の良いスナックでしたが、いつの間にか行かなくなってしまいました。
特に理由があったわけでもありません。
気がついたら行かなくなっていた、という感じです。
そして2年ほど過ぎたでしょうか。
その間に私は好きだった子に失恋していました。
別なアパートに引っ越しもしました。
そんなある日、友達とボウリングに行きました。
ボウリング場の入り口を入った時です。
誰かとすれ違ったと思ったときです、
「あら、久しぶり」という声が、
「え!?」と振り返ると、
毛皮の襟巻に毛皮のコート!。
「誰?」
「忘れた?」
て言われても、こんなゴージャスな人…、
「あっ!」
あのスナックの娘でした。
全く別人になってました。
なまめかしい感じです。
私が驚いて立ち尽くしていると、
おっさんが彼女の傍に来ました。
50前後でしょうか。
私の方をちらりと見ると、彼女をエスコートする仕草を見せました。
この時私の頭の中に、
「愛人!」と言う言葉が浮かびました。
もちろん私の勝手な印象です。
ごく普通のお付き合いかもしれませんし、夫婦かもしれません。
しかし私の印象は「愛人」でした。
人は変わるんですね。
彼女は見事に大人の女に変わっていました。
私なんか18歳のころから全然変わってないですもんねえ。
「あの時家に遊びに行ってれば、何かあったんだろうか」、
などと、こんな未練がましいことを考えてしまう私は、本当に進歩の無い人間です。
今日も長い間おつきあい頂き有難うございました。