桃色吐息。 -2ページ目

7月23日。

初アメブロ。あんまり使い勝手がわからない・・・。

わたしはやっぱりスキン弄りたいです!でもらすたんかわいいから・・・限定終わるまでこれでいきます。

今日は某社へ伺いました。ずっと読んでもわからなかった勝/間和/代さんの本の重要性がすこしわかった気がした。

それにしても自分は何事もアイデアベースでしか考えられなくてだめだね。

文章を書くときも、ばーっと思いついたこと書いちゃうし。きちんと体裁を整えたいなぁ。


0723


真夏の気配がガンガン漂う今日、私は相変わらずムシムシする山手線に乗り込み渋谷へむかった。

スーツのジャケットを羽織るサラリーマンの間を縫うようにして、渋谷の坂を登る。

あたらしいくつはまだ、あしに馴染まなくて坂道を登るのには堪えたけれど、一歩一歩坂を踏みしめて歩いた。

痛むあしを引きずりながら着いたビルは、外とは一線を画すようにひんやりとしていて、

「ドアをあけると、そこは雪国だった。」

とでも言っておこうか・・・ってちょっと高尚な雰囲気醸し出そうとしすぎました(><)

そんな「雪国」のように冷房の効いた部屋の中で、担当者の方はこう言った。


「ではグループで、ひとつの案を出してください。」


正直、“出たよ・・・。”と思った。

担当者の放ったそのひとことの中に、私の苦手なワードがふたつも入っていた。


「グループ」と「案」。


自慢じゃないが、中学校でのにがーい思い出(これはのちのち書くとして)のせいで、

グループ活動、やら、みんなで自由に意見を出し合いましょうといった雰囲気が猛烈に苦手になってしまったのだ。

「集団のなかで、うまく喋れない。人付き合いは苦手。他人に興味なんかない。」

と自分に言い聞かせるようにして生活してきた。

そんなことをモンモンとひとり考えて内心オロオロしているうちに、


「じゃあ、よろしくお願いします。」


よく日焼けした男の子が言った。あぁ・・・いかにも人に好かれそうなタイプ・・・・・・。と妬むような視線で見てしまった。

集団の中で発言が力を持つ時というのは、その人がいい意見を言った時ではない。

その「人」が魅力的なときだ。

この自論のために、何度わたしは自分の口を噤んだことか!


と、またモンモンと考えていたが、そんなことしている場合でもないので議論に加わった。

初対面の人の間で、議論は活発化しなかった。

そこで、

おもいきってしゃべってみた。


そこで、

きづいた。


・・・意外としゃべれるじゃん。

みんなが自分の話を聞いてくれたし、私も話を汲むように心がけた。

話は盛り上がった(ようなきがする)けれど、なんとなくしこりが消えなかった。


なんでだろう。考えてみた。


たぶんそれは、自分が他人に興味なんかないというのが大嘘だからだ。と気付いてしまった。

本当は周りが気になって仕方ないし、みんなに愛してほしい。

人柄のために、意見が通るようなことが起こってほしい。

しゃべったら、きっときらわれる。

でも、しゃべらなきゃいけない。

だから演じていたのだった。


他人に興味なんか無いわたしを。

人と話すのなんて、どうだっていいわたしを。

気付いたとき、なんだかとても「痛かった」けれど、しょうがないことなんだと思う。

あたらしいくつを履けば靴擦れする。

それと同じで、あたらしい一歩を踏みだそうとすればきっとなんか痛いんだ。

そう思うと、ちょっとだけ明るいきもちになった*^^*)