あの時私はまだ院生で。
研究室でいつもと変わらず大量のデータとにらめっこしてたら、あの揺れが。
あまりの揺れに研究室から飛び出したけど、もう壁にしがみつくことしかできなかったっけ。
自宅までの遠い道のりを歩き始めたら、大粒の雪が降り始めた。
大地震のあとの大雪、なんか気味が悪かった。
けどひたすら歩いてたからか、心が落ち着かなかったからか、寒さはほとんど感じなかったかな。
夕方ようやく着いた家で非常用のラジオをつけたら、津波の報道が繰り返し流れてた。
でもその時は犠牲者は100~200人くらいって言ってたのを覚えてる。
それでもかなりの衝撃を受けた。
すぐに大学病院から避難所に医療チームが派遣されることになって、私が行ったのは石巻の小学校。
目を背けたくなる光景ばかりだった。
日和山公園からは、何もなくなった石巻しか見えなかった。
旦那(その当時は彼氏)は、復旧作業に追われ深夜に帰宅、疲れ果てて作業着のまま寝てしまい、また早朝に出て行く毎日。
不眠不休で復旧作業しているのに、道行く人に罵声をかけられることもあったそう。
もうみんな怒りをどこにぶつければいいかわからなくなってたんだろうね。
おかげで電気は数日で復旧、電気のありがたみをすごく感じた。
旦那はそんなゴタゴタの中で、なんと禁煙に成功…笑。
貴重なガソリンを使って会いに来てくれて、いち早く営業を再開した幸楽苑で味噌ラーメン食べたなぁ。
少しずついつもの生活に戻ったけど、それがどんなに幸せなことか。
いまこうして、息子の寝顔を眺めていられるのも、どんなに幸せなことか。
被災地に住む人間として、忘れちゃいけないあの日のこと。
いつか息子にも話す日が来るのかな。


























起床が5~6時

