ぴーぽんズ日記 -2ページ目

ぴーぽんズ日記

我が家の可愛いぴーぽんズの日々♪

★セキセイインコ★
ぴーすけ、ぽんたろう、ふくまる、きみ、いと、ぴりか
★アキクサインコ★
桜、心、輝、珊
★オカメインコ★
一太郎、小次郎
★コザクラインコ★
ぴー、翠、望
★ウロコインコ★
こてつ

大好きなみなさんへ

こんばんは、ふくまるです。



ぼく、昨日旅に出ました。
13年慣れ親しんだこのうちから、
ぴーぽんズの兄さんたちや弟妹たち、
たくさんの友だちのいる、
虹の橋の向こう側に。



ぼく、元気なからだに産んで育ててもらって、
ぴーすけ兄さんと
ぽんぽん兄さんにめっちゃ可愛がってもらって、
可愛い弟や妹も次々やってきて、
そりゃもう毎日がにぎやかで楽しかったー!



ぼくがこのうちの子になった時は、
にぃにが中2で、ねぇねが6年生やったかな。
あの頃のにぃにはシシュンキってやつ?
なんか毎日しんどそうでさ。
でもぼくが来た時「ふくちゃんは僕の弟や」って
嬉しそうに言うてくれてんなー、覚えてる。



シシュンキとかハンコウキっていうの、
ようわからへんかったけど
かあちゃんには知らんぷりしてたけど
ぼくには必ず「おはよう」って言うてくれてた。



ぴーぽんズの三男坊って言われてたし
そない思ってたけど
気がついたらホンマにたくさんの弟や妹が増えて
そのたび「仲良うしよな」っていうのは
ぼくの役割やったと思う。
ホンマにみんな自由やし個性的やし
面白すぎるねん。



兄さんたちと過ごした日々。
兄さんたちとお別れした日。



新しい家族が増えた日。



みんなの声が響く日々。



ぼく、ホンマに毎日楽しかったんやで。



ごはんも旅に出る前の日まで
モリモリ食べてて
にぃにやねぇねも
とうちゃんもかあちゃんも
ぼくが食べてるとこ見て泣いて笑ってた。
せやねん、ぼくの元気なからだは
食べることで出来ててんやで。



かあちゃんのブログやSNSを通じて
いろんな人にぼくのことを知ってもらえて
恥ずかしかったけど、嬉しかったなあ。


いつもいつも
やさしい気持ちを、
たくさんの元気玉を、ありがとうね。


ひと足先にぼく向こう側に行くけど、
きっとぴーすけ兄さんもぽんぽん兄さんも
久しぶりやな!
待ってたで!
よう頑張ったな!って
ほめてくれると思うねん。


ほんで、仲良しの友だちも
ようけ向こう側にはいてるし、
なんも心配あらへんなって思ってる。


せやから、
あんま泣かんといてな。
寂しがらんといてな。
ぼく、ホンマに楽しみ尽くしたから。


そろそろ向こう側にも着く頃やと思うねん。
みなさんの大事な子らにも
良かったらぼくのことお伝えしといてほしいな。
ふくまるっていう子がそっち行くからね、って。
そしたら、ぼく、ちゃんとご挨拶するから。


出会ってくれて、
気にかけてくれて、
可愛がってくれて、
大切に思ってくれて、
ホンマにホンマにありがとう。
またきっと会えると信じてるから、
その時を楽しみにしてるな。

大好きなみなさんへ



     ふくまるより

おはようございます。



家族は昨日から、
私は今日から平常運転です。

朝一番からお嬢の依頼で
クリスマスケーキを仕入れてきた帰り道。

この数日、実家との行き来ばかりでしたが
久しぶりに自分の街の風景にふれ、
やっと「いつもの生活」を思い出しました。


父の砂時計は
ブログをアップした数時間後に
静かに最後の砂が落ちました。

12/17、いつも通り午後から出勤し
診療前に院長やスタッフさんに
父のことを伝えていた直後
病院から着信がありました。

父の容態が急変したから
すぐ来てほしい、と。
娘さんすぐ来れますか、と。

その電話の直後、
実家の母と近所のお友だちが到着する
ほんの数分前に父はその生涯を
静かに終えました。

結局、誰もその瞬間には間に合わなかったのは
父なりのやさしさだったのではと思います。

私たちの家族の中では
お嬢が一番乗りで父の元に到着しました。



病室の窓からは
見事な天使の階段が見えたと
撮ってシェアしてくれました。

私もちょうど同じ時
病院へ向かう電車の窓から
同じ空を眺めていました。

実家の母と兄、
息子とお嬢と私が父の元へ駆けつけ、
ツレさんには自宅に待機してもらいました。

前日、数日前よりも
父の表情は穏やかで
ああ、もうしんどくないんやなと
悲しさよりもホッとした心もちでしたが

エンゼルケアを施していただいた後に
お嬢と父の元にいた時に
「ようがんばったなあ」と2人で泣きました。



本当にあっぱれとしか
言えない幕引きだと思います。

亡くなる前日に葬儀屋さんとの
打ち合わせが済んでいたのも
虫の知らせというか
そういう流れだったのかもしれません。


父が亡くなった夜は一日安置していただき、
翌日は仮通夜、
翌々日に通夜、
そして葬儀という流れ。

家族経営的な葬儀屋さんだったので
自由に父の元へ出入りしたり
こたつに入って母と兄と手続き等の話をしたりと
全ての事がスムーズに進んだように思います。

そして、夜になると
家族揃って美味しいものを食べ、
お酒を飲み、笑って過ごしました。



その度に

「じいちゃんのおかげで美味しいもんが

食べられるねえ」

「ごちそうさん」と笑いながら。



たとえ不謹慎と思われても、

にぎやかな雰囲気が好きだった父なら

きっと納得してくれると思います。



「また飲むんかいな」と

苦笑しているかもしれませんが。


お通夜のあと、息子とお嬢が

「昔、じいちゃんとよく行った

バッティングセンターに行きたい」というので

家族で行きました。



そうそう、私が子どもの頃とも

変わらない風情のこの場所は

息子とお嬢にとっても懐かしい所だったんだと

なんだか嬉しくなりました。



父の希望により

家族だけでのお通夜、

そして葬儀でしたが

その分誰に気兼ねをすることもなく

父との最期の時間を過ごすことが出来ました。



見送った時の空には

大きなハロが。



あちこちでバドミントンや卓球、

ハイキングと活動的だった父には

たくさんの友人がいたようで、


生前に「連絡してほしい人リスト」を

聞いていました。

葬儀が全て終わってから連絡してほしい、と。


そうした方々へのご連絡は

父のスマホからLINEでしてほしいとのことでした。



こういう形が良いのかよくないのかも

正直なところよくわかりませんが

とにかく父の意向を第一に考えて

ご挨拶をさせてもらいました。



兄と手分けをして

各方面の手続きを行い、

昨日にはお世話になったケアマネさんと

訪問看護師さんがお線香をあげに

きてくださったり、


レンタルしていた介護用品も

引き取っていただいて

急に実家が広くなったように思いました。



今回の父のことをきっかけに

これまでほとんど接点のなかった兄とも

緊密に連絡を取るようになり、


また一緒に飲んだり食べたりすることで

兄ともよくしゃべるようになりました。

それはツレさんや息子やお嬢も

同じように感じていたようです。


何十年も会っていなかった

幼い頃や若い頃にお世話になった

懐かしい方々にも会うことが出来たのも

父のおかげだと思います。



1週間しか経っていないのか

1週間も経ってしまったのか

どちらなのかもボンヤリしています。


でも今日

久しぶりに自分の街を自転車で走り、

いつもの生活が少しずつ感じられるような

そんな気がしました。


まだ母のことや

手続きはてんこ盛りですが

少しずつ少しずつ

進めていけたらなと思います。


今日は午後から久しぶりの仕事。


そうした日常が戻りつつあることに

感謝しながらまた、

私の毎日を積み重ねていきたいです。



父の訃報に際し

温かいお言葉やお気持ちを寄せてくださり

心から御礼申し上げます。


ここで一区切りとして、

またここでは

ぴーぽんズのいつもの毎日を

綴っていきたいと思います。


巷では風邪やインフルエンザが

猛威をふるっているようです。

みなさまもどうかご自愛くださいね。


うっかりしていましたが

今日はクリスマスイブですね。

素敵なクリスマスイブをお過ごしください。


こんにちは。



私の家族の時間の備忘録です。

このブログを密かに楽しみにしてくれていた
父の「いま」を
今の私の言葉で
綴って残しておきたいと思います。


9月に末期の肺がんと診断され、
余命は3〜6ヶ月と告げられた時は
父は普段と変わりなく見えていたし
そうは言っても実は
案外長くいられるんやないかなと
変な期待をしている部分もあり、

取り乱すことなく医師からの説明を
聞いている自分がいました。

在宅療養になってからは
必要なサービスやレンタルを利用しつつ
少しずつ覚束なくなりながらも
11月末までは母と近くのスーパーへ
散歩がてら買い物に出たり、
私たちとも朗らかにおしゃべりしたり
夕食を食べたりしていました。

好きな果物を手に
ご機嫌さんで「うまい!」と
ポーズを取っていた父。


そのほんの数日後、12月に入ってすぐ
往診の看護師さんから着信がありました。

「黄疸が急に強く出てきています」
「声が出なくなってきています」
「経口での食事が出来なくなってきています」

え?
ついこないだまで
私や息子、お嬢ともしゃべってたやん?
母のエビフライやかぼちゃの天ぷらを
美味しい言うて食べてたやん?

信じられないような心持ちでした。

12/5、お嬢と実家に行き
父の部屋に入ると
全身に黄疸が出ている父が
ベッドに力なく横たわっていました。

声が掠れて聞き取りにくくなり、
朗らかな父の声はどこにもありませんでした。

それでも夕食時には
ゆるゆるとお嬢の横に座り、
私や母と一緒にお茶で乾杯をし、
ほんの一口だけリンゴを食べました。

この日、私は母にすすめられて
普段の私の適量の倍のお酒を飲みました。
お嬢が一緒だから電車でなく車だということで
母も私を労ってくれていたのだと思います。

私は終始ご機嫌で
たくさん日本酒を飲み、
帰りの車ではお嬢に「うざ絡みや」と
苦笑されながらも
その帰り道小腹が空いたお嬢と一緒に
ファミレスに立ち寄りました。

そこで、お嬢がすすめてくれたワインを
さらに飲んで上機嫌になり
足元がフラフラの状態で帰宅し
ツレさんが敷いてくれていた布団に
座り込みました。

そこから急に
いろんな気持ちが込み上げてきて
父のことでこの日初めて声をあげて
泣きました。

口を塞いでいても別室の息子が何事かと
飛び出してくるような大泣き。

この日はじめて
「父はもうすぐいなくなってしまう」と
実感したのだと思います。

そのまま泣いて泣いて
私は寝てしまったのですが
ツレさんと息子とお嬢は
「やっと感情を外に出した」と
ホッとしたと後から聞きました。

普段から理性でなく感情で動く私が
気持ち悪いくらいおとなしくて
それが心配だったと。

お酒の力を借りなければ
自分の感情が出せないほど
実は自分に無理を強いていたのもしれません。

そんな私のことを
母はきっとわかっていただろうし、
ツレさんも息子もお嬢も
気にかけてくれていたのだと思います。


この日を境に
父の状態は日に日に下降していきました。

あんなに健脚だった父が
母に抱えられるようにしなければ
トイレにも行けなくなり

お風呂にも入れなくなったので
週2の入浴のためにヘルパー事業所とも
契約をし

ようやく口にしたわずかな食事も
吐いてしまうようになったので
氷を口に含むだけになり。


12/12、予定を変更して
お嬢と実家に向かうと

「しんどいから入院したい」と

掠れてほとんど聞き取れない声で
そう言いました。
トイレにも行けないと言いました。

そこで、急ぎ各所に連絡をし
お嬢の車で事前に緩和ケア病棟の面談を
済ませてある病院へ入院しました。

この日のことを振り返ると
全てのことがスムーズに進んだと
今改めて思います。

高齢の母では入院の判断や手続きは難しく、
それを私が行けて出来たことや
お嬢が運転する車で病院まで行けたことは
父が持っている運の良さかもしれません。


(入院手続き待ち時間に、お嬢と)


緩和ケア病棟には空きベッドがなかったため
急性期病棟へ一旦入院し
入院時に行った検査結果について
救急外来の担当医師から説明がありました。

通常ではあり得ない数値が
あちこちに出ていて
いつなんどき急変してもおかしくない、と。

よくこの状態で
在宅で過ごせていたとも。


入院してから
さらに父の様子は下降するばかりでしたが

必要最低限の点滴を
施してもらっているだけでも
心なしか表情は穏やかに見えました。


じいちゃん、と声をかけると
うつろな目でこちらを見て
声は出ないけど何かを言おうとしていて
こちらの声かけは耳に届いているようで。

一昨日は目がふっと開くことはあったけど
昨日はほとんど開くことはなく。
でも手を伸ばして握手をして話しかけると
ちゃんと握り返して応えてくれていて。

さすがに涙が出ました。
泣くまいと思っていたけれど
父も目を閉じているからいいかなと。

今朝、父が緩和ケア病棟に移床したと
連絡がありました。


父の時間はまるで
さらさらと砂が落ちる
砂時計のようだなと。



87年を支え続けてきた
父のからだが
緩やかに緩やかに
その働きを終えようとしているようで。

何十年も父が自転車で走り、
バドミントンや卓球や散歩に興じ、
幼かった息子やお嬢の手をひいて歩いた道を
昨日母と2人歩きました。



父が自分で契約していた
葬儀屋さんとも事前に打ち合わせを済ませて
私は私の出来ることをするし
兄や家族にも協力してもらいながら
父の時間を過ごすことに気持ちを向けようと
思うばかりです。



実家に向かう道中、
彩雲が見れました。
下ばかり見ていたら
気がつかなかったかも。



街中の運河なのに
たくさんのユリカモメが
飛び交っていました。

こんなところまで
ユリカモメが来ているなんて
昨日まで知らなくて。


私のブログを楽しみにしていた父は
もうこの記事を
自分の目で読むことは出来ないけど。

「ゆかさんは絵ぇ描いたり
文書いたりするんが
ちっさい頃から好きやったなあ」

という声が聞こえるようです。

父とLINEでやり取りしたのは
私の近所の紅葉の動画を送ったのが
最後になりました。



「これが一番のご馳走です」



「環境の良いところに住めて良かったね」


60代前半までは
愛車のバイク、カブで
大阪市内から私の街まで
走ってきていた父。

大阪市内の実家よりも
自然豊かな千里ニュータウンの
風景の変化を楽しみにしてくれていたなあ。


さらさらと砂の落ちる
父の砂時計。

父のからだが
父を支えることが出来る時間は
あとどれだけか。

うっかりすると取り乱しそうな私と
普段通りでいようとする私と
そのどちらもが間違いなく私で。

私も流れに身を任せながら
周りに頼りながら
父の砂時計に向き合おうと思います。




こんにちは、母です。

季節がどんどん進んできていますね。
母の周りでも風邪っぽい人が多いです。
これだけ寒暖差が激しいとこたえますよね。

みなさまもご自愛くださいね。


でも、母もぴーぽんズも元気ですよ!

母は自分のモットーでもある、
【やりたいことをやり、行きたい所に行く】を
日々実行しています(笑)

先週の日曜日は…



ティラノサウルスレースの
ボランティアスタッフとして
万博公園で走り回り笑い転げました(笑)

以前、SNSで見かけてから
一度間近で見てみたい、
なんなら参加もしてみたいと熱望していた
このレースが地元、万博公園で開催とか!

そりゃ行かんわけにはいかんデショ、
なんならお手伝いでもやりますよ、的な(笑)



いやー、文字通り抱腹絶倒(笑)
スタッフTシャツで張り切ってます!

初めましての人ばかりでも
その場にいるのは
楽しいことを楽しもう、
楽しんでもらおう、という熱意に満ちた人ばかり。
すごい熱量でした(*≧∀≦*)

また開催されたら
絶対にお手伝いしようと思います(笑)


友だちに誘ってもらって
ちょっとした遠足も楽しんできました。
奈良は吉野山。
紅葉には少し早かったけれど、
それがまた落ち着いた雰囲気で
ゆったりと楽しめた贅沢な一日でした。


ぴーぽんズのいろいろは
Instagramの方が比較的マメなんですが
最近で一番母が大笑いしたやつがコチラ!
↓↓↓
ドンピシャ過ぎて笑うー
ぜひご覧あれ!


父の顔を見に
昨日は息子と実家に行ってきました。

在宅介護についてはお嬢が専門分野なので
細やかにサポートしてくれるし、
自宅の手の届かない所や配線などは
息子が手伝ってくれました。
生まれた時から実家の両親には
とてもお世話になりながら育ったふたり。

こうした時には本当に頼りになるなあと
母としても感謝の一言です。

ありがたいものですね。

そして、
時間は確実に流れていて

私が息子を産んだ歳にお嬢がなり、
お嬢を産んだ歳に息子がなりました。

成長することと
老いていくこと。

どれも間違いなく平等で
それは誰にとっても平等で。

母自身もその流れに乗っていて。

「今、この時を、精一杯生きる」

それが当たり前ではないということと
だからこそ
自分の楽しみは大切にしたいという思い。

自分の
家族の
誰かの

みんなそれぞれの時間が
満ちたものになりますように。



こんにちは、母です。

元気です。
いろいろあるけど、おかげさまで
本当に元気です(*'▽'*)


先日、珍しく平日に休みをとった
息子とふくちゃん。



ふくちゃんは息子の多感で大変だった時代を
一緒に過ごしてくれた、
息子にとっては特別な家族です。

来月13歳になるふくちゃんと
来週28歳になる息子。
このふたりがもっともっと
一緒に過ごせる時間があるといいな、
そんな風に思っています。

そうした存在って
やっぱり特別だと思うので。


実家の父も、在宅での療養生活が
ようやく落ち着いてきています。

毎週のように、
手続き、契約書、電話での打ち合わせの
日々でしたが
今週ようやく自宅のお手洗いの改修工事も終わり
またひとつ事が進んだようで
ホッとしています。

穏やかな毎日を
過ごしてほしいと願うばかり。
また両親の顔を見に行かなくちゃ(*´꒳`*)


そんな私ですが、
最近は日々の元気を
バレーボール観戦でもらっています。

ご縁があり招待券をいただいたことで
2週続けてSVリーグ観戦をしてきました。
控えめに言って
最&高でした!

選手の掛け合う声、
床を蹴る、ボールが打ち込まれる音、
応援の声援や手拍子、
しなやかで力強く跳ねる体躯、

どれも今まで経験してこなかったことが
悔やまれるほどで(笑)

すっかりハマってしまったので
これからしばらくはバレーボール観戦に
通いそうです。


いろんな事が夏を過ぎてから
畳み掛けられるような日々で、

うっかりすると
気持ちがマイナス軸に引っ張られそうに
なるところでしたが

ハイキュー‼︎という作品にハマり、
さらにSVリーグにハマるという
わかりやすくてごめんなさいなテイですが

五感で感じる「生きてる感」は
間違いなく今の私の楽しみです。

まだこの年になっても
楽しみたいことが増えるって
ありがたいし幸せだなあと。

元気でいなくちゃ、
元気でいたい、
そう思えたら
まだまだいけるって思えます。

こんな時だからこそ
楽しまなくちゃねえ。


いいお顔で南無ってる
桜ちゃんをそっと置いておきましょ(*´꒳`*)
おでこの白毫みたいなのは
行き場のないラブゲロなんですけどね(笑)

さあ、午後からも
頑張っていこう。
みなさまも良い午後を!